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大阪府知事・大阪市長ダブル選を伝える新聞記事を読んでいたら、自民党の石原伸晃幹事長が
「大阪都構想を支持した府民と市民の判断を多としたい」と指摘したという。
一体、このイシハラさんはなに様ぞ。
言うまでもなく「多とする」というのは、「天皇は被災地を訪れ仮設住宅建設に昼夜を分かたずいそしむ人たちの労を多とした。」などと使う。基本的に立場の上の人が使う表現である。生徒が「先生の熱心な指導を多とします」などと言ったら、叱られることだろう。生徒の父母が言ったとしても失礼極まりない。
公僕たる政治家が選挙民に言ってももちろん、その、上から目線はなんだと反発を買うだろう。

どうでもいいような気もするが、しかしこの御仁がポスト谷垣の最有力候補の一人ときては、そして総理大臣になるかもと考えると、あのアソーさんのときの悪夢がよぎるではないか。
注=オーソドックスというか正統というかの辞書は、多く「労を多とする」の用例を載せ「ほめる」の意味とするが、一部辞書は「感謝する」の意味としている。

先ほど『週刊東洋経済』(12/3号)を読んでいたら
「建設業界は文字通り、瀕死にあえいでいた。」(40ページ)という表現に出くわした。
「瀕死の重傷にあえぐ」とか「不調にあえぐ」とかは言うが、「瀕死にあえぐ」は、少なくとも日本語にうるさい人は言わないだろう。

最後にもう一つ。『日経ビジネス』の新聞広告で、記事の見出しとして
「バフェット氏が見い出した米IBMへの投資理由」とある。
最近、日本語表記も変わっている場合もあろうが、「見い出す」は、いくらなんでも「見出す」だろう。

あまり怒ると胃が出血して体に良くないらしいから、穏やかな生活を心がけているのだが、1日に3つも立て続けに、こうも情ない表現を見せられて、つい大人気なく、怒りをぶちまけてしまった。許されよ。

11月28日 21時10分記
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