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昨日、知人から手紙をいただいた。用件の後に、実家が南三陸町にあり高台のため奇跡的に全員無事でしたが、友人・知人で連絡が取れない方がおられるとある。

言葉もなかった。実は私も中学生のとき大きな地震にあっている。今や地元の人以外には忘れ去られた感のあるピンポイントの地震だが、近くで死者5名を出した直下型地震の長岡地震(1961年)で、大雪の中、堀り抜き井戸の水も止まり、お隣に風呂をもらいに行き、水は雪の中20メートルくらいも歩いて古井戸から桶か何かを吊り下げてくみ上げるという生活が、しばらく続いた。築400年近い御堂は床が抜け落ちるなど大きな被害が出、築30年余の庫裏も壁が至る所ひび割れただけでなく躯体が大きく傾いたが、ある日学校から帰ったら直立していたのを覚えている。

その後も、長岡は新潟地震(1964年、これは長岡ではたいしたことはなかったが。私が実際に体験したのはここまで)、中越地震(2004年)、中越沖地震(2007年)と地震に見舞われ続けている。また、全国各地でこの間、さまざまな地震が起きたが、政府の言う東海地震や東南海地震などは起きていないにもかかわらず、これら首都圏に影響大の地震対策だけが語られ続け、それ以外の地震対策はなおざりにされて来たと感じる。政府の頭にあるのは、常に東京を中心とした地域のことだけだったのではないかと感じざるを得ない。

私が今回の計画停電=不公平停電(格差停電)に怒るのは、これに東京優遇・地方切捨ての影を感じるからなのである。東京都区内での格差(足立区、荒川区の一部だけで停電がある)、東京都区部の優遇、神奈川・千葉・埼玉などで隣接地域で一方は停電・他方は煌々と電気がついている格差が言われるが、こうしたことに目を奪われていると、本質を見失うと思う。結局都心から遠いところほど冷遇されているだけなのだ。栃木・群馬などはがんがん停電しているのではないか(情報が少ないので確かなことはいえないことをお断りしておく)。
結局、根本的なこと=東電、実際は権力ないし政府の頭にある守るべきことは、東京を守り抜くこと、そのためには、ほかの地域は犠牲になってもやむをえないという発想ではないか。これが見抜けず、隣接地域との格差といった、昔話のとなりのばあさんの嫉妬的な、瑣末と言うか、ある程度止むを得ない小事ばかりを声高に言うから、今回の25区域に細分化などという目くらましの姑息な対策が出てくるわけだ。

「みんなでやれば大きな力だ」というACのCMが流れている。
そういうことを言ったり、こういうCMを作ったりTVでしたり顔でしゃべっている人達は、99パーセントこの理不尽な格差停電の被害を、ほとんど受けていないのではないか。
「まず隗より始めよ」と言うではないか。為政者には、まず計画停電の痛みを体験せよと言いたい。
そうして被災された方の苦しみの万分の1でも味わうのが大切で、それすらせず、計画停電の不公平さをいくら批判されても知らん顔なのは、理解できない。

それにつけても、皇居で自主停電をなされ、また那須御用邸の職員用温泉風呂を被災者に解放された天皇・皇后には頭が下がる。

都心3区を除く20区については「夏の計画停電では対象とする予定なので、理解してほしい」と東電は言っているが、今回の25グループ細分化で、なぜ出来ないのか、いやしないのかまったく理解できない。

小泉・竹中路線では、東京が豊かになればそれが地方にも波及すると言って東京優遇政策を推進、失敗が露見しそうになったら、構造改革をもっとやらなかったからだと嘯いた。民主党政権になって少しは変わるかと思っていたが、結局東京優遇、地方冷遇・格差放置政策は、まったく変わらないということか。

地方や弱者への思いやりが、この不公平停電(格差停電)では問われているのである。

3月26日 21時13分記
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