何事にも批判的で、自分の頭で考えることが染みついているので、どうしても、世の多くの有名人やマスメディア等も、批判的に見てしまう。

近年は世の右傾化傾向もあって、右寄りのマスメディアや有名人のはしゃぎ過ぎや暴言が目立つ。
左寄りは、例の朝日新聞の従軍慰安婦報道問題や民主党(現民進党。ここが左寄りと言っていいかはやや疑問だが))の与党時代の政権担当能力欠如露呈で、すっかり人気離散となり、今なお謹慎中とさえ言っていいような状況が、今日の安倍人気、高内閣支持率につながっているのだろう。
これについて論じるのは、当ブログになじまないし、長文も要するのでしない。

それでも、あえて、これを書くのは「右寄りのマスメディアや有名人のはしゃぎ過ぎや暴言」が目に余り、それを批判するマスメディアもないからである。

豊洲問題をめぐる各種報道で、私は、上記のことを強く感じ、これを書いている。

『週刊新潮』は何を考えているのか?

新潮社というのは言うまでもないが、いわゆる文芸出版社である。いかなる理念(があるとして)の出版社か、創業者の佐藤義亮氏(現社長は創業者の曽孫)がいかなる人物か等について、私は知識がないし、調べてもいない。漠然と文芸出版社だから、政治的には無色の出版社だろうくらいに思っていた。
ところが、近年新潮社というより『週刊新潮』が、右傾化というか、自民党寄りというかの傾向を強めている。特に原発問題では、藤原正彦氏を重用するなど礼賛路線をひた走っているように見えるが、何を考えているのだろうと思ってしまう(やや無責任な表現にしたのは、断言できるだけのデータを持っていないからでありご了解願う)。
これは私の偏見だろうが、今を時めく『週刊文春』が原発に批判的なことへの対抗で、こうなっちゃったという面もあるのかもしれない。

原発問題はともかく、ここで私が言いたいのは、同誌の豊洲問題へのスタンスである。
豊洲問題が急浮上したころ、9月の初めだったと思うが、同誌では豊洲の土壌汚染について、「盛り土が4.5メートル」してあるから問題なしという趣旨の記事を大きく掲載していた(もう少し具体的に書きたいのだが、歯科クリニックで読んでいてじきに呼ばれたので記憶で書いている次第。ただ、ネットで調べた限り、これは間違いないと思われる)。
この記事を読んだ翌日、盛り土が建物の下ではされていなかったことが判明した。その後、この落とし前を同誌がどうつけたか知らないが、なんでも為政者様の仰せの通り的スタンスの招いた失敗としか思えない。もう少し、いろいろな可能性を考え、慎重に取り上げるという姿勢が欲しいと思うわけである。
なお、この問題でも、『週刊文春』は『週刊新潮』と反対のスタンスである。小池知事に対しても文春は好意的、新潮は批判的である。

日経新聞の共産党揶揄記事

9.24日付けの同紙朝刊1面の「春秋」という欄に、豊洲市場の建物の地下の水からヒ素が検出したことを取り上げている。共産党都議が独自に採取した水からヒ素は検出されたことを発表したさい、「猛毒のヒ素がと口走った」ことを皮肉交じりに、批判的に書いたものである。検出されたのは1リットル当たり0.04ミリグラムで水道水の基準の0.01ミリグラムよりずっと少ない、こうしたことで、「猛毒のヒ素が」と口走るのは「お化け屋敷の客寄せみたいな怖がらせではないか。」と書いている。

注=「春秋」は「ヒ素は様々な食物にもふくまれている。」とわざわざ書き、ヒ素怖くなしというかのごときスタンスだが、これは低毒性のあるいは生体内で無毒化される有機ヒ素化合物のことではないのか。豊洲のヒ素は東京ガスがガス製造を行ったことに伴い発生したものであり、「食物にもふくまれている」ものとは違うのではという疑問を私は持つが、専門家ではないので、これ以上は書かない。

この後の展開は、誰でも承知していることである。地下水のモニタリング調査で、環境基準の1.1倍から1.9倍のベンゼン、ヒ素が検出されたのである(9.29日、東京都の発表)。
特にヒ素は1.9倍、つまり1リットル当たり0.019ミリグラム検出されたのである。共産党の0.004ミリグラムを馬鹿にしていたら、わずか5日後に、こういう赤っ恥をかく結果が出たわけで、『週刊新潮』とうり二つのことになったのである。
共産党憎しという感情が強過ぎるため、こういう慎重さに欠ける記事を安易に書くのではないかと、私は勘ぐっている。

石原慎太郎氏の責任

>石原都知事は国会議員の当時弟の石原裕次郎が倒れたとき、自衛隊のヘリコプターを私用して駆けつけた話は本当ですか。

これはヤフー知恵袋にある質問である。
正解は、もちろん「本当です。」のわけだが、ベストアンサーに選ばれているのは

>同じ都内の父島から慶応病院まで行くのも、 定期便待ちだった男に、そんな政治力は ない。

石原慎太郎氏(以下敬称略)は、今やアンタッチャブルらしい。しかし、今回の豊洲問題で、誰が最も責任を問われるべきかと言えば、言うまでもなく石原慎太郎であろう。それが何ら責任を問われることなくのうのうとしていられることに、私は、日本のマスメディアのだらしなさを痛感し、恐ろしくすらなる。水に落ちた犬は情け容赦なくたたき続けるのに、ひとたび相手が強いとみると、まったく知らんぷりとほおかぶりするのだから、どうしようもない。
知事時代、彼は週平均3日程度(『サンデー毎日』が入手した公文書)の「出勤」だったという(2004年1.25日号)。末期には週1日(それも実質半日くらい)だった(「LITERA」による)というから、もう何をか言わんやである。
豊洲の問題など、自分でいい加減にプランを紹介、あとは良きにはからえで職務放棄に近い勤務ぶりだったのだろう。あげくのはては「僕はだまされていたんですね。」(9.13日BSフジ「プライムニュース」)と都職員を批判するのだから、まともな神経の持ち主ではない。それはともかく、小池知事と会うということだったが、結果はどうだったのだろう。小池知事にもアンタッチャブルで闇から闇に葬られたのだろうか。
「蜂の一刺し」(ロッキード事件・榎本美恵子発言))ではないが、舛添元知事、猪瀬元知事の暴露発言が聞きたいものだ。以下の発言内容は、あくまで、私が憶測で期待しているものです。

舛添元知事=「豪遊」も「湯河原行き」も石原さんに比べればかわいいものでしょ。
猪瀬元知事=徳田虎雄氏にあいさつに行ったのは石原さんに勧められたからなのにな。
 注=猪瀬・徳田については「蛇足」参照。

蛇足=『作家の値打ち』という本がある。2000年に出版された本で、著者は福田和也氏(以下敬称略)。
比較的辛口の評価が売りのようで100点満点の評価で、船戸与一は「いずれも20点以下、測定不能」とされている。最下位は鈴木光司の「バースデイ」17点。
トップは同点の97点で、「仮往生伝試文」(古井由吉)、「ねじまきどりクロニクル」(村上春樹)、そして「わが人生の時の時」(石原慎太郎)。
「わが人生の時の時」など、読んだことはないから、無責任は承知だが、この評価にはずっと違和感を抱いていた。ところが、この疑問に答えるかもしれない記事を最近見つけた。石原慎太郎が高級料亭を使って「接遇」した相手として徳田虎雄とともに福田和也の名前が挙がっているのだ(「LITERA)。

大事なのは右でも左でもなく、真実を愛するという心である。
しかし、それにしても『週刊文春』(田中角栄金脈問題も入れると文芸春秋社というべきか)と共産党がなかったら、日本はどうなっていたんだろうと思ってしまう。別にこの2つを礼賛するわけではないが、政府や時の権力者に不都合な情報の多くが隠蔽されたままになっていたのではと思う。他は権力と癒着しすぎていたり、真実を報道しようという気概がないのではないか。

10月02日 1時07分記
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