そう珍しいことでもないが、日本株だけ、やけに突出して下げるという展開になっている。
大体、世界的株安の元凶は、結構早く立ち直り、余波を受けた国(特に日本)は激震収まらずというのは、これまでも何度かあった。
今回も、06日の上海は引けにかけ上げ幅を拡大、結局2.25%の急騰となった。一方日経平均は高寄りし、その後始まった上海株高の援護もあったのに、終値は183円(0.99%)の大幅安だった。

ここまではまあいいとして、その後、日経平均先物・大証夜間はあっさり18000円大台を割り込み、現在は17980▼211と、目も当てられない。
まあ、打つ手なし、耐えるしかありませんな。
そう言えば、経済3団体の新年祝賀会(05日)で、企業トップが日経平均2万3000円などと極楽とんぼのようなことを言っていたなあ。と言ってもああいう方たちに株価見通しを聞くのがそもそもおかしく、また答える方もどうかしていると思うのだが、いつの間に誰もおかしいと思わなくなっている。

解説してもせん無きことなので、株の話はやめ、雑談に。

私は、こういう事態になると、「からきめを見するものかな」という文句を思い出す。
確か『徒然草』にある文句である。
姉から譲り受けた(ぼろぼろになっている)松尾聡氏(元学習院大学教授で学習院高等科時代の教え子に三島由紀夫がいる)の名著『新纂徒然草全釈』(初版1953年、私のは1956年刊の22版)
を探し出し開いてみる。

第六十九段にある。

「疎(うと)からぬおのれらしも、恨めしく、我れをば煮てからきめを見するものかな」といひけり。

松尾訳=(その豆は)「よりによって他人でもないお前たちが、このわたしを煮て、ひどい目に合わせるとは、本当にうらめしいことだなあ」と言っていた。

性空上人は功徳が積もって六つの感覚器官が異常に発達、旅の宿で豆がらで豆を煮ている音で、上記のような会話を聞いたというわけである。ちなみに「豆がら」というのは、豆(枝豆を想起されたし)のさやだけのことではなく、豆を取った後の、豆の茎・葉・さやなどのことである。

我ら投資家も今、塗炭の苦しみを味わっているわけだが、豆と違って命まで奪われるわけではなく、間もなく、この苦しみから解放されるわけだから、その日の近からんことを期待しよう。

1月06日 23時27分記
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