私にしては珍しく2日半も家を空け、先ほど帰宅。
過酷な労働もあったせいか、頭脳が異常をきたし、明日は株だ!とすっかり思い込み、株日記を書き出したのだが、日にちがどうもおかしい。それでようやく、今日は日曜日、明日はまだ休みというショッキングな状況に思い至った。

それで、株日記を中断、とりとめのない話を久しぶりに書くことにした。

【メタセコイア】

21日は道志に行く途中、愛川ふれあいの村(神奈川県愛川町)に行った。メタセコイアの黄葉を見たかったのだ。ここにはメタセコイアのちょっとした並木があり、1ヵ月ほど前、たまたま立ち寄って、その雄姿に感激したのだ。それで、その時ふと思い出した。1年くらいも前、数10センチの木を買ったのだが、あれがメタセコイアではなかったか!タグを調べると、まさしくそうだった。これは秋に葉が枯れ落ちたので、てっきり枯れたと思い落胆していたのだが(実際ある知人は、この木ずくずく大きくなるのよね、結局枯らしちゃったと言っていた)、万が一を思い(軽々に断定しないというのは我が処世訓でもある)、水やりはある程度気にして行なっていた。そうしたら春また葉を出したのには驚かされた。知人はこれに騙されたのだろう。

メタセコイアはヒノキ科(またはスギ科)であり、1939年、三木茂博士により、新生代第三紀層で発見され、41年「メタセコイア」と命名されたわけだが、「メタ」は「変わった」という意味だという。「セコイアは常緑種だが、メタセコイアは落葉樹と推定した」(三木博士)というから、私が常緑と思っていてもおかしくないわけだ。
その後、現存することが確認され「生きている化石」と呼ばれたりするわけである。ムカシトンボ、カブトガニ、大賀ハス・・・・

メタセコイアの並木というのは、結構有名のようで、人気もあり、「メタセコイア並木の画像(166000件)」とネットにあり、自らの無知を恥じたことだった。
一番のメタセコイア並木は滋賀県高津市マキノ町にあるものらしい。2.5キロメートルもあるというから往復すると1時間もかかることになる。画像を見ると確かに素晴らしい。来年は行ってみたいと思ったことである。
それはそうと、うちのメタセコイア、そんなに大きく(40~50m)なってはと、道志に持って行って植えたのだが、うっかりしたことにすぐ下がコンクリートになってしまうところに植えてしまった。早く別のところに植えて勇姿を見てみたいものだ。

【ネルソン・デミルを読む】

道志では里芋を収穫(発酵鶏糞投入が奏功、1株で20個も収穫)、帰宅後味噌汁に入れて食したわけだが、スーパー等で売っている物とは別物の絶品だった。
エアコンの基盤に何とカメムシが入り込み故障(さらに言うならサンヨー製のため部品無し、修理不能と最近判明(デミル風に言えばクソサンヨーめ)。久しぶりに薪ストーブを焚いて暖を取り、ネルソン・デミルの『ナイトフォール』を読んだ。と言っても、もう1ヵ月以上前からなのだが。上巻524ページ、下巻443ページ。
デミルはアメリカの人気作家だが、ウィキペデアには作品名以外ほとんど記述がないというおかしな状況だ。これが例えばみのもんただと延々果てしなく書かれているのだから、いったいどういうことなんだと言いたくもなる。
それはさておき、デミルは私は数年前、『チャーム・スクール』を読んで面白く、以降『ゴールド・コースト』、『プラムアイランド』、『将軍の娘』などを読んだ。

いずれもそれなりに面白かったのだが、今回の『ナイトフォール』は、冗長で、なかなか面白くならない。いっそやめようかと思うのだが、何事も最後まで頑張るというのが私の長所だ。息子に聞かせてあげたい(この2文もデミル風)。

前置きが長くなったが、私がここで書こうとしているのはデミルの小説についてではなく、デミル始め欧米人の著作の長さについてである。
一体全体、どうして彼らのはああも長いのだろう。カストロの演説とかも確か長かったような。
シドニー・シェルダンは世界的ベストセラー作家と言っていいだろう。全作品の売り上げ総数は3億部を超えるという。日本でも大いに売れた。しかし、実は彼の作品は、日本では最初はあまり売れなかった。なんで売れないんだと激怒したのかまでは知らないが、シェルダンは、出版元を名門・早川書房から無名のアカデミー出版に変えた。それからは大ベストセラーになったわけである。
なぜこういうことになったか?
それはアカデミー出版版では、「超訳」と称して、細部の描写等をばさばさカット、筋を素早く追えるようにしたからだと思われる。
これにかみついたのが同じく名門・文芸春秋。確かアメリカのシェルダンの自宅まで記者か誰かが押しかけ、あなたの作品はこのようにずたずたにされてますがいいんですかとお伺いを立てた。そこで返って来た言葉は・・・・
昔読んだ週刊文春の記事を思い出して書いているので、正確でないのはお許しを乞うが、いずれにせよ、シェルダンは赤塚不二夫風に言えば「それでいいのだ」と答え、文春は唖然という結果に。
要するに、原作はなかなか情緒のある文学的作品なのだが超訳では、ただ筋を追うだけのありきたりの表現にされていて、こんなことを知ったらシェルダンは勝手な改ざんは許さんと怒ってくれると文春は思い込んでいたのに見事に裏切られたのである。

P.A.サムエルソンの『経済学』(確か管直人氏が首相在任中、国会の質疑でこれを読んだかと聞かれ、苦笑いしながら始めの方は・・・だかそういった類の返答をした)も、やけに長い。上下計(索引とも)1213ページ。私は有り体に言えば、株に熱中し経済学の専門書はほとんど読んでいないのだが、この本は最後まで読んでいる。大学入学早々で向学心に燃えていたのだろう。その感想は冗長。経済学の入門書として最高の本ということだった(当時)が、質は別として、どうして1213ページも必要なんだ、500ページで書けるんでは、というのが、当時の私の感想だった。

そう言えば、私達が子供時代読んだ『ああ無常(レ・ミゼラブル』」とかなんぞも、激しいダイジェスト版だったりするのであった。

それにしては、小説は日本人のが長いではないかという反論が聞こえて来そうだ。
古くは中里介山の『大菩薩峠』、下っては山岡宗八の『徳川家康』、そして最近では栗本薫の『グイン・サーガ』(一説には世界一長い小説と言う)である。しかし、これはちょっと違うのではないかと思う。短くうまく説明するのは難しいが、長く書こうとすればいくらでも長くできるものが長くなっているだけなのではないかということである(と言っても私は『大菩薩峠』以外は読んでいないのだが)。

なぜ欧米人の著作が長いのかであった。
良くは分からないが、結局体力の差かというのが、今のところの私の暫定的結論である。

11月23日 0時52分記

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