浜田宏一エール大名誉教授(内閣官房参与)が、円の対ドル相場について「110円になると問題かもしれないが、95円~100円なら心配ない」と、18日午後、外国特派員協会での講演で発言、円相場は90円台まで急落した。これが、また18日の日本株の急騰につながったわけである。

それはそれとして、浜田先生は、15、16日と続いた甘利、石破両氏の円安牽制発言(1ドル90円にも届かない時点でのもの)に、あきれ果て一喝されたのだろうと、私は推察している。

浜田宏一先生には、私は30年前ころ、なんどかお目にかかっている。こう書くと浜田先生には迷惑な話だろうが、その頃は、例の、今は亡きハマコー氏(当時、自民党代議士)が抜群の知名度で、東大のハマコー氏を圧倒していた。その後の両者の有為転変は、皆さん、ご承知のとおりである。。

浜田先生は、その頃、東大教授で『世界大百科事典』(当時の名称は『大百科事典』)の経済部門の編集委員でいらっしゃった。私は百科事典の一編集部員として、先生の研究室にうかがったり、平凡社内での編集会議で、お会いすることがあったわけである。
私は、経済関係でも、主に産業関係の項目を担当したので、その後、浜田先生の原稿を拝見することも無かったが、それでも、具体的なことは残念ながら書けないし、それはたいして重要なことでもないので省略させていただくが、浜田先生は私にとって、忘れえぬ人になった。
ある昼下がり、先生の研究室にうかがったとき、先生の発せられた一言が、私には忘れられないもので、その後もずっと、浜田さん(あえてこう書かせていただく)の名を脳裏に染み込ませたのである。その率直な物言いに、私は深く感銘を受け、勝手に浜田さんを好きになり、また尊敬するようになったわけである。

その後、私は、日本の経済政策、特に日銀の金融政策のどうしようもなさ、トゥーリトル・トゥーレイトについて、強い疑問と怒りを感じ続け、当ブログでも書いて来た。
浜田先生(また、こちらに戻る)が「日銀総裁への公開書簡」なるものを発表され(近著『アメリカは日本経済の復活を知っている』所収)、日銀のこうした政策を厳しく批判されているのを読んで、思わず快哉を叫んだことであった。私が30年ほど前、研究室にうかがったとき、大学院生らしき数名の学生が、黒板の前に立っていた。あの中に白川君(私より年少であり浜田先生の教え子なので、こうかかせてもらう)もいた可能性もゼロではないんだなと、今往時を偲んでいる。

それにしても、時の日銀総裁に宛て、これほど率直に、しかし誠意と愛情のこもった文章を書かれた浜田さんは、やはり私の思っていたとおりの方だったと、うれしく思ったことだった。ついでに言えば、やはり私が、その日銀総裁時の政策に強い怒りを覚える速水氏に対しても、浜田さんは強く批判されておられる。ただし、速水氏のお人柄については、白川氏に対して同様、絶賛されている。

いずれにせよ、私は、この公開書簡を読んで、浜田さんのお人柄の滲み出た名文と、深く感動したことであった。
自民党は、また田中角栄的土建政治をもくろんでいるのではないかと、私は強い懸念を持っている。
しかし、経済政策全般に関しては、浜田先生が控えているので、それなりに安心している。

1月19日 19時06分記
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