FC2ブログ
最近、テレビ、新聞等で、立て続けに、言葉関係で興味をひかれたことがあったので、ここで、まとめて書いてみたい。

⓵「総理」と「首相」
>加計問題で一貫して「挙証責任は文科省にある!」などと主張してきた高橋洋一氏は、“官僚は「首相案件」ではなく「総理案件」と言うはず”と主張し(以下略)(LITERAより)

>“「首相案件」ではなく「総理案件」と言うはずだから信憑性は低い”という指摘は、下村博文元文科相や『プライムニュース イブニング』(フジテレビ)キャスターの反町理氏や田崎史郎氏も同様に語っているが、明らかなインチキ。元文部官僚の寺脇研氏なども指摘していたが、むしろ「総理」は口語として使われる言葉で、文書化の際には「首相」とするのが一般的なのだ。(同)

どうであろうと、あの文書の信憑性に変わりはないと思うので、こんなことを問題にすること自体ナンセンスと思うが、ここで論じようとしているのは、そういうことではない。
テレビで字幕を見ると、画面で話している言葉を言い換えたりしていることがままある、字数節減のため妥当なケースも多いが、意味もなく言い換えていて問題のあるケースも珍しくない。
一例を挙げると、麻生さんが佐川さんについて話しているとき「佐川」、「佐川」と呼び捨てにしているのに、NHKなどは「佐川元長官」などとするのである。石原慎太郎氏など、その人の尊大さ丸出しで人を呼び捨てにしている場合、ちゃんとそう字幕で出さないといけないのに、そういうケースでも敬称等を付ける場合がほとんどなのである。

ついでに言うと「食べれる」、「見れる」などの、いわゆる「ら抜き言葉」をインタビューなどで一般人が話すと、ほぼ100%、テレビでは「食べられる」、「見られる」と字幕では表示される。
誰か「ら抜き」でなく話す人は現れないかと長年思っていたら、数年前、ついに「見られる」と言う方が出現した。
そうしたらどうなったか?「見れる」と字幕では出たのだ。唖然とするしかない。
「ら抜き言葉」はけしからんとその撲滅に命を懸けているのかと思っていたら、このざまだ。

話を「総理」と「首相」に戻そう。
これは「ら抜き言葉」のようには100%ではないが、それでも80%以上、「総理」→「首相」、「首相」→「総理」と、言い換えられる。
字幕を作成する人は、よほど暇で退屈で、こういう変換を唯一の楽しみに、仕事をしているのだろうかと、疑いたくもなる。
しかし、安易にこういう言い換えをすることは、問題が大きい。愚直に可能な限り、そのまま伝え、変える場合は、大いに慎重であるべきだ。
菅官房長官が、前川前文科事務次官について「地位に連綿」と発言したのを、「地位に恋々」と書き替えるのは、忖度なのか何なのか分からないが、問題だろう。麻生さんのように「みぞうゆう」などと言われたら、どう画面で表示するか大いに悩ましいが、菅さんの場合は、そう頭をひねることではない。「連綿(恋々のつもりか)」、あるいは「連綿ママ」(ママ=校正記号=は小さく表示)とでも表示すればいい。

【劣情】
 「総理夫人を国会に呼んできて公開裁判みたいにいじめて泣かしたいという劣情ですよ」。 (フジテレビ上席解説委員・平井文雄氏)
司会者が「野党の?」と聞くと彼は「国民の、ですよ。憂さを晴らしたい」と答えた。 (3.18日のフジテレビより)

これには耳を疑った。難聴気味のため聞き違えたかと思い、妻に確かめたが「劣情」と確かに言ったという。
劣情、昭恵さんに劣情?

国語辞典では、「劣情」をどう書いているか。「いやしい情欲」(岩波国語辞典)、「いやしい情念。情欲。肉欲。」(新世紀大辞典)などとなっている。
広辞苑は⓵いやしい心情。②肉情、情欲。としており、平井氏は⓵の意味(今では通常、こういう使い方はしないだろうが)で使っているわけであろう。
言葉の使い方としては間違いではないにしても、こういう状況で昭恵さん擁護のために「国民の劣情」とテレビで発言する太っ腹にただただ唖然とするしかない。

私は百科事典の編集の仕事が終わったら、国語辞典を編集したいという願望があった。これについては、機会があれば書いてみたいが、ここでは私が編纂したいと考えている国語辞典風に「劣情」について書いてみる(例文も加え)と

「劣情」
異性に(主に男性が女性に)対し抱く性的にみだらな気持ち。主に法的あるいは道義的に問題があるような場合に用いられる。
「被告は被害者女性Aさんに-をもよおし」

【余裕で屈する屈する】
『週刊文春』の最新号でBSフジ「プライムニュース」の松山俊行氏の愛人スキャンダルが報じられている。
文春が手元になく、例によって記憶で書いているので、やや不正確なのはお許しを。
愛人スキャンダルは、ここではどうでもいいのだが、彼が、愛人に、政権か何かから圧力があったらと聞かれ
「余裕で屈する屈する」
と答えたというのだ。
思わず笑ってしまった。「余裕で」の使い方や「屈する屈する」という言い方に対してだ。
しかし笑っている場合ではないだろう。いかにフジテレビとは言え責任ある立場の人物の言葉だ。ここまで惨憺たることになっているとは。

4月14日 21時42分記
>朝日新聞の世論調査で内閣支持率が下がってもあまり驚かないが、読売新聞でも大幅に下落し、不支持が支持を大幅に上回った。
これは4.08日の日経朝刊の「風見鶏」欄にある文だ(筆者は大石格氏)。
日経新聞が、それなりに露骨に朝日新聞を揶揄するような書きぶりの記事を掲載していることに驚いた。それで、大石格なる方について調べたのだが、それについては、後で書くこととし、まずは、新聞社等の世論調査について書く。

もう1ヵ月くらい(?)前になると思うが、日経に世論調査の数字が各報道機関で大きく異なる理由について書いた記事が掲載された。切り抜いておくのをしなかったので、記憶で書くので、多少の思い違いがあるやもしれないが、基本的に大きな間違いはないはずである。
その趣旨は、内閣支持率で日経などと朝日などとで大きな差が出る原因は、日経など(もう1社記載があったと記憶するが正確な記憶がないので略)は2度聞きをしているのに対し、朝日(こちらも他に1~2社記載があったと思う)はそうでないためだということである。
2度聞き(この表現だったかもやや怪しい)とは、答えないだったか分からないだったか、どちらとも言えないだったか、の層に強いて言えばどうかを聞くということだったと思う。
これをするため、日経などの方が、朝日より内閣支持率が高く出るというのである。

この説明を読んで、私は釈然としなかったのみならず、この記事の意図を訝(いぶか)った。
そうした中、今日の記事である。

内閣支持率が2度聞きのため日経等で朝日より高く出るというのは、分析がおかしいのではないか。
2度聞きで数字が多少高く出るとしても、それは不支持率にも表れそうなものだ。だから、単に2度聞きだけが原因なら、日経も朝日も支持対不支持の比率は大差なくなるはずである。
以下に両社の安倍内閣支持率を示す。

             支持  不支持
朝日(3.17日~18日)  31%  48%
日経(3.23日~24日)  42%   49%   

多少なりと分析力のある者が見れば、いつもと言っていいくらい感じるのは、日経の数字と朝日の数字を比べると、常に、日経は政府寄り、朝日は反政府的ということだろう。
上表を見れば歴然だが、日経の場合、支持率は朝日を11ポイントも上回るのに不支持率は1ポイントしか上回っていないのである。

どうしてこういう結果になるのだろうか。
日経の言い訳じみた解説は別として、こうしたマスコミ各社による内閣支持率等に大きな差異が生じる原因について、きちんとした説明がほとんどなされていないように思うので、以下、私の分析を書くとしよう。

①マスコミ各社の数字の差異を見ると、歴然とした特徴がある。
②それは政府寄り(右寄り)メディアの調査では政府寄りの、政府に批判的(左寄り)メディアでは反政府的の、数字になる。
注=民主党政権時代は除く。

まずこうした実態を踏まえて、そうなる原因を考察することになる。
マスコミ各社から、内閣支持率等についての世論調査のお願いの電話が来た時のことを考えてみよう。
①産経新聞からの電話=左寄りの人では、産経と聞いただけで拒否反応を起こし電話を切る人が、それなりに出よう。逆に右寄りの人では回答率が上がろう。
②朝日新聞からの電話=右寄りの人では、朝日と聞いただけで拒否反応を起こし電話を切る人が、それなりに出よう。逆に左寄りの人では回答率が上がろう。
③忖度=支持・不支持等でどちらとも明確でないような場合に特に影響が出ると思われるが、日経からかかってきたら日経が、朝日からかかってきたら朝日が、それぞれ喜びそうな答えを選ぶ確率が多少は高まると思われる。

以上のようなことが原因で、マスコミ各社の支持率調査では、顕著に以下のような傾向がみられるのである。
ただし、これはかなり私の主観が入っており、厳密な調査に基づいたものではないことをお断りしておく。

内閣支持率が高目に出る各社(高い順)=産経、読売、日経、NHK
内閣支持率が低目に出る各社(低い順)=朝日、毎日、共同通信

大石格氏について、その書いたものを調べると、やはり、どこかずれていると感じざるを得ない。
>加計学園や森友学園問題について、「法的には何の問題もない。」(2017年11.23日日経電子版)と言われる。
産経新聞なら驚かないが、日経新聞の記事である。物事への感じ方は人それぞれだが、マスコミがこう書くからには、それなりの根拠を示すべきだろう。

4月08日 17時12分記
3.27日に公示地価(2018年1月1日時点)が発表になった。全国の公示地価の全用途平均は3年連続で上昇となった。また昨年7月3日には路線価が発表されている。全国トップは32年連続で東京都中央区の銀座中央通りで、1㎡当たり4032万円で、バブル期の3650万円(1992年)を上回って初めて4000万円を超え、25年ぶりに最高額を更新した。

東証1部の時価総額も2017年度末(2018年3月30日終値で算出)647兆円となり、年度末としての史上最高を更新した。

こういうニュースを聞いて、何か違和感を感じないだろうか。
感じないという方は、やや問題がある(と言うか問題を感じて欲しいわけである)。

まず簡単な方の東証1部の時価総額について書こう。
これについてはすでに数年前、高名な経済学者が、東証1部の時価総額はバブル期の史上最高時を超えた趣旨の発言をテレビでされ、私は違和感を覚えたことを思い出した。
日経平均のバブル期につけた3万8915.87円という史上最高値に対し現在2万1454.30円である。それなのに、時価総額は史上最高水準にある。理由は言うまでもない。上場企業数が激増したからである。
日経新聞は「バブル経済期末のピークを1割近く上回った。」とし、「時価総額の拡大を引っ張ったのは半導体やFA分野で販売が伸びている企業だ。」と解説する。
上場企業数については一言も触れていない。しかし、手元の資料(1989年末頃の四季報が探し出せなかった)では
1990年01.30日現在1191社
2018年03.16日現在2073社
要するに、実態としては株価は大きく下げたままで時価総額は急減するはずなのだが、一昔前なら、絶対東証1部になど上場させてもらえなかったような企業もバンバン昇格させ、上場企業数を1.7倍にまで増やしたため、かくなる珍妙な現象が起きているわけである(一方NY市場は逆に上場企業数が減少、現在では東証の方が多くなったと記憶する)。
それなのに、知ってか知らずか、これに言及するマスコミ等は皆無なのは困ったものである。

次に都心一等地の地価がバブル期を超えたという話について。
私は昨年7月にこの話を聞いたとき、えっと驚いた。にわかには信じられなかったからである。続いて、今回、公示地価上昇のニュースでも同様なことが語られたのを機に、昨年7月来抱いてきた違和感を考えてみた。
そして、違和感の生じる原因を解明できたので、これを書いているわけである。

よく例に出す東京都渋谷区にあるマンション、広尾ガーデンヒルズの価格はピーク時(バブル期)で1㎡当たり1000万円を超えていた。細かいデータを今持ち合わせていないので、記憶で書くので、やや大雑把なのはお許し願う。
向き、所在階、建築年等でかなり違いはあったはずだが、それでもほとんどの住戸が1㎡1000万円越え、つまり100㎡10億円以上したことを、私は鮮明に思い出す。広い住戸ほど㎡単価が高かった。
では今広尾ガーデンヒルズは100㎡いくらだろうか。
ピーク時の築年数に換算して、大雑把に言うと2億円~せいぜい2.2億円だろう。
つまりピーク時10億円強→2億円強
と5分の1にまで劇落しているのである。
これが私が抱いた違和感の原因である。

では、路線価など、地価はピーク時を超えたのに、都心の一等地のマンション価格はピーク時から、なぜかくも下落しているのだろうか?
これについても、だれも解説しない。
というより、こういう疑問を抱いている人がそもそもほとんどいないわけだろうが。
私は、この原因(少なくともその有力な一つの原因)として、小泉政権以降、強力に推し進められた規制緩和で、大都市圏では容積率も大幅に緩和され、40階以上の超高層マンションが次から次へと建設されるようになったことがあると考えている。
これまでなら13階建てまでしか建てられなかった地域に50階建てが建設されるようになったのだから、地価は大きく上げてもマンション価格は比例して上がらないのは自明の理である。

それでも、これでだれもが得をしたのならいいが、そんなうまい話があるはずがない。
タワマンはブラックホールのような負の面を持つ。
タワマン林立の都心中の都心、あるいは武蔵小杉(神奈川県川崎市)に人々が吸い寄せられ、一方、都心通勤等でハンデのある郊外の地価は下落するという現象が起きているわけである。
日経新聞には「地方圏の上昇 顕著に」という大見出しが躍るが、これも誤解を招く見出しである。
バブル崩壊後、地方では地価はほとんど一度も上げていないと言っていいくらいなのが実情である。
今回、地方の地価が全体としてプラスになったのは商業地がそこそこ上げたためであり、住宅地はなお下落している。要するに駅前などの一等地が、再開発や容積率緩和でピンポイントで上げているだけで、人が住むところはこの30年くらい、ほぼ毎年じわじわと下落を続けているわけである。
この実態をよく知らないと、人生設計を誤りかねないので、あえて取り上げたわけである。
私の住む鎌倉の住宅地も昨年はわずかに上げたらしいが今年の公示地価は再び下落に転じたと、神奈川新聞が報じている。
東京でも郊外は全く値上がりしていない。知り合いに、大昔、八王子市のめじろ台に家を建てた方がいるが、めじろ台の公示地価は今回、横ばいである。調べると八王子市には下落地点もある。国分寺や立川なんぞに駅前タワーマンションができるのだから、その先のめじろ台に新たに家を買おうという方は激減したはずである。

2015年1.10日付けの当ブログで、豊島区の消滅リスク(日本創生会議・人口減少問題検討分科会 提言)について批判した。若年人口の減少率が高いからといって豊島区に消滅のリスクなどはない、人口移動を考慮しないかのような論は論外だと考えたからである。これを裏付けるような統計数字も出されている。
3.30日発表のもので、国の研究所が発表したのである。
2045年には、東京以外のすべての地域で人口が減少するという。ついこの間までは沖縄が最も元気な地域で、沖縄と東京だけはかなり先まで人口増と言っていたのではないか。ほんとかいなと思っていたのだが、やはり今回沖縄は脱落した。

地方の村・町が次々と消滅、そこで維持されてきた貴重な文化(芸能、建築物、方言、料理等々)も失われていく。地方の高齢化、急激な人口減の行き着く先はそういうことである。
早く、こうしたことに歯止めをかける施策が必要である。
タワマンの建設規制も含め、行政は問題を強く意識し、対策を立てなくてはならない。

そもそも、武蔵小杉(川崎市)のように、交通が便利になった、これは売れる、税収が増えると、官民一体になって、容積率緩和・超高層マンション建設に突っ走るでは、景観問題も生じる、待機児童も大量発生、周辺自治体、というより、もっと広範囲の自治体で人口が流出するということになる。これを野放しにしていいのかである。

例えば、鎌倉市で考えてみよう。
人口減にストップをかけ、税収アップを狙って大船駅直結の巨大タワーマンションを建設することを決定したとしよう。大船・東京間は45分程度、大船品川間でも33分程度はかかり、駅から10分程度のマンションは、あまり人気がない。しかし駅直結なら国分寺(シティタワー国分寺ザ・ツイン)や立川(サザンスカイタワーレジデンス)の例を持ち出すまでもなく、人気になる。
100階建て(日本最高層)ツインタワー、総戸数4000戸、世界最大規模、何から何までそろったメガマンション
を売り出すのである。
しかし、こんなことが許されるだろうか。
とは言え、一昔前、越後湯沢には、それに近いことが起きたわけであり、今、武蔵小杉やニセコ(北海道倶知安町)で進行しているのも同様である。
都市計画が全くなかったり、あってもかなり緩いというのが、日本の抱える問題である。50年、100年、あるいはそれ以上先を見据えた都市計画を都市部のみならず、地方圏でも早急に立てるべき時期なのである。

3月31日 20時35分記
大納会も無難に終えのんびりムード。ご同慶の至りです。
本年もご愛読ありがとうございました。

年末の大掃除(と言ってもものぐさにまた輪がかかりたいしたことはしないのですが)も、ようやく終わり、明日からは数日、株から離れて自然の中で過ごし、来年3日から復帰、お年玉銘柄についても考えなくてはと思っています。
お知らせしたいこともあるのですが、まだ言っていいものやら未確認なのでしばしお待ちを。

良いお年をお迎えください。

12月30日 18時40分記
16日の日経平均は323円高。前日の352円安は何だったのだというような動きだった。ただし、例によって、ほぼ全値戻ししたのは日経平均以外ではマザーズだけで、TOPIX、JQはともに半値戻しにとどまっている。

いずれにせよ、相場は基本的に強く、日々の動きにあまりとらわれず、大局観を持って行動せよということだろう。

当道場銘柄には、大幅高するものが目立った。
半導体関連の人気を背景に、東洋合成1620△129、ダイトロン2280△79とともに大きく上げた。
オハラは2440△201で年初来高値更新。
日特エンジ、フルヤ金属(推)は反発。

またカネヨウ(推)は181△7の高値引け。意味ありげな動きを続けるが、粘りも出て来ており、ここは多少のリスクは覚悟で200円挑戦を待とう。
丸和運輸は2441△51と快調に戻している。ロジネット(推)は2連騰で急騰した反動で小幅安となったが、好業績が明確になったことでもあり、足元を固めながら、まずは2000円を目指そう。

現在NYダウは高く円相場も1ドル113円台回復、日経平均先物・大証夜間も高い。17日の相場も期待できそうだ。
ということで、相場の話はここまでとする。

【じくじたる思い】
後は義家さん(自民党の義家弘介元文部科学副大臣)の話。
神奈川県の山梨県境辺が選挙区らしく、いやでも道志に行く途中ポスターを、これでもかというほど見せられて何年にもなる。これまでは素顔に近い暗い顔、いや哲学的なお顔のもので私はそれなりに気に入っていたのだが、最新版はかわいい笑顔である。コミックの主人公と言ったらいいか。

その義家さんが15日、質問時間見直し後初の国会で、質問時間が増えた与党の最初に質問に立った。
「文部科学省の組織的な天下りあっせんに関与が指摘された前川喜平前次官、恣意的な報道を繰り返したマスコミ、野党による根拠はないが結論ありきといった姿勢の追及にじくじたる思いだ。」と切り出した。(日経新聞16日朝刊)

前川前次官とマスコミの述語がどうなるのかとも思うが、それはまあおいておこう。
「野党による根拠はないが結論ありきといった姿勢の追及にじくじたる思いだ。」はいかがなものかということである。
「じくじ(忸怩)」というのは「恥じ入るさま」だから、これで何が悪いというのが義家さんの思いだろうが、もしそう思っているんだとしたら、困ったものだ。
「加計学園認可をめぐって行政がゆがめられていると思いながら、もう一歩突っ込んで抵抗すべきではなかったか、ああいう流れを止められなかったか、今となっては忸怩たるものがある。」(鎌倉雄介が作ったもの)というふうに使うわけだが、要するに「忸怩」というのは、自分自身に対する感情である。義家さんが前川さんやマスコミ、野党に「じくじたる思い」を抱くのは、お門違いだ。「憤懣やるかたない思いでいっぱいだ。」と直してあげたい。

「地位に連綿」(もちろん「恋々」が正しい)と発言した菅官房長官、そして今回の義家元文科副大臣、ともに前川前次官がらみなのが面白い。反知性派が知性派を攻撃して興奮のあまり墓穴を掘るの図。それだけ前川さんは彼らにとって許せない存在ということなのだろう。

11月17日 0時11分記
日本記者クラブは、前文部科学省事務次官の前川喜平氏の記者会見を、23日夕、東京・内幸町 の同クラブで開いた。
注=前川氏が記者会見した的報道が多く、これだと、前川氏が勝手に開いた感じで正確性を書き、誤解を生む恐れがある。

TBSテレビで、これから放映する(生中継)と言うので、コーヒーを用意、待っていたら、開始間もなく、司会役的男性が前川氏の会見の趣旨がはっきりしない的な反前川氏的トンチンカン発言をし、あわてて岸井成格氏がフォローの発言、そして間もなく時間もないのでとか何とか言ったと思ったら、突如小林麻央さんのことに画面が切り替わった。あわてて他のチャンネルに変えてみたが、前川会見をやっている局はゼロ(かなり経ってTV東京がちょっと取り上げたが)、ほぼすべて麻央一色なのには、恐れ入った。

やむなく、以降はユーチューブで見た。
前川氏の会見は素晴らしく、誰もがしっかり見る価値ありと思ったので、これを書いている。
ネット、NHKニュース(ニュース7)で、前川会見を見ても、案の定、本当に重要なところは欠落しているので、以下にまとめておこう。

①私に最初に加計学園関係でインタビューしたのはNHKだが、それはいまだ放映されていない、また決定的に重要な9.26日付け文書(「総理のご意向」などの文言あり)も、NHKは朝日報道前に報道しながら核心部分は黒塗りだった。
私への個人攻撃と思われる読売新聞の不愉快な報道、その背後に何があったかをメディアはきっちりと検証すべきだ。私は官邸の関与があったと考えている。
報道番組のコメンテーターの中には、誰とは言わないが、いかなる状況証拠等が出て来ても官邸擁護しかない方がいらっしゃる。森友学園の問題で官邸を擁護し続けるコメントを繰り返した方の中には、ご本人の性犯罪が検察・警察に揉み消された疑惑を受けている方(鎌倉注=元TBS記者の山口敬之氏か)もいらっしゃる。
日本の国家権力とメディアの関係に非常に不安を覚える。国民主権の観点から問い直すべきだ。

②「前川前次官出会い系バー通い」の記事が読売新聞に載ったのは5.22日朝刊。この前の20日、21日と読売から、この私行について報道するつもりがある、ついては前川氏のコメントが欲しいからという取材要請があったが、(前川氏は)無視。
また、21日には和泉(洋人)総理補佐官から、文科省の某幹部を通じて、和泉さんが話をしたいと言ったら応じるつもりはあるかという打診があったが、(前川氏は)「ちょっと考えさせて欲しい」と言って無視。
このことと、官邸が前川氏の出会い系バー通いを把握していたこととから、(前川氏は)読売報道には、官邸が関与と判断と発言。前川氏は、「読売報道と官邸からのアプローチは連動」と感じたが、読売が書こうとしているのを、官邸に抑えてもらおうなどと思っていなかったので、無視したわけである。
こうしたことについて、こういうことが自分以外にも起きているのなら、監視社会化、警察国家化、メディアの私物化、民主主義の死滅の危機(が危惧されるわけで、われわれは今)、その入り口に立っているのではないか。
鎌倉注=もうこういうことに我々の多くは不感症になってさえいるが、この前川発言の重みをきっちり受け止めるべきだろう。

③真相解明のためにメディアがどうしていけば事実が明らかになるかと聞かれ、「頑張ってくださいとしか言いようがない」と、笑わせた後「重要な人物で一切発言しておられない加計孝太郎さん、早くつかまえていただきたいなと思います。」で爆笑を誘う。

このほかにも、いろいろいいことをいっぱい発言しておられ、久しぶりに、明確に正確にきっちりと、かつ冷静に話のできる、そして人間的にも、高潔な方と思われる方の会見、質疑を聞き、さわやかないい気分になれた。菅さんや竹下さん(竹下亘自民党国対委員長)の粗野で空疎な発言に辟易させられている毎日だけに、一服の清涼剤でさえあったのである。

自身の名誉やマスコミの報道姿勢には厳しい発言をする一方、文科省の役人等への気遣い、元官僚としての立場等をわきまえた抑えるべきところは抑えた発言、そしてきっちりと反論すべきところは反論しつつもユーモアも忘れない、まさに尊敬に値する人物であった。今後について聞かれたときだと思うが「天下りはしません。」とゲスの勘繰りを一蹴されてもいた。

今まとめていて、何のことはない、これは決定的なマスコミへの批判、叱咤激励が、かなりの部分を占め、これでは特にNHKや日本テレビ(読売系)、TBSは、麻央様様と逃げるわけだと納得。

それはともかく、この会見はまともな方が見ればきっと感動ものの、そして面白いものですから、ぜひご覧になることをお勧めします。右も左も、見る目のある方なら評価できる内容です。私が保証します。

アッキーやシンゾー、スガ、ハギウダ、カケさん等々もぜひご覧を。でも心に曇りのある方には、何も響かないんでしょうなあ。

6月23日 21時22分記





 
6.5日の国会で、民進党議員の質問終了後に安倍首相が「くだらない質問で終わっちゃったねまた」とうそぶくのが天下にさらされた(「ニュースステーション」がテロップでこの文言を出したため)。
トランプ氏がアメリカの大統領になって、こんな人間が大統領になってどうなるんだろうと、多くの人が思ったわけだ(ろう)が、実際恐れていた通りの事態になりつつある。都合の悪いことはフェイクにされるのである。
ところが、アメリカ人可哀想と思っていたのに、何のことはない、我ら日本人も同じことになっていたようだ。トランプ氏と仲良しということは仲良しもトランプ氏と同類という、ごく分かりやすいことだったわけである。

「無いことを無い」と証明するのは「悪魔の証明」で、できないというのは、安倍さんの得意の論法のようだが(なぜか「悪魔の照明」と変換ミスのまま検索すると、サジェスチョン機能で「悪魔の照明 一つ覚え」「悪魔の照明 安倍晋三」と出る)、「有ることを有る」と証明するのは「天使の証明」で、誰にもできそうだ。それなのに、加計学園問題で「総理のご意向」などと記された文書の存在、真贋をめぐって、連日、国会等で論じられているわけだが、政府は「出所、入手経路が明らかでないものは調査しない」というご都合主義の論理(これを認めるなら、ニュースソースの秘匿とか、内部告発とかは不可能になる)で、確認の調査をかたくなに拒んでいる。

主義・主張はともかく、不毛の議論というか、政府の逃げ口上はもう誰だってうんざりだから、さっさと文科省職員のパソコンなりなんなりを調べて、「総理のご意向」文書の確認をやってほしいものだ。100%あるはずなのだから、そのうえで、過去の政府の説明にどう落とし前をつけるか議論すればいい。
恐れ入りましたと出直すか(なわけないが)、子分どもの勝手な忖度で「私は迷惑ですよ、何も指示したりお願いしたりしてませんよ」と開き直るか見ものだが、それはそれでいい。ともかく、「総理のご意向」文書の確認が先決課題である。

ごく簡単に書いて、相場の話に行く予定が、こういう仕儀になった。相場の方は、稿を改め、しばらく後に。

6月06日 23時14分記


前川喜平元文科省事務次官が、加計学園をめぐる文書に関して記者会見した(5.25日午後)。
この発言をめぐる菅官房長官、NHK等の態度に怒りを覚え、まずは、これについて。

前川氏の発言内容は、具体的で分かりやすく、まさに、今回の「怪文書」が、怪文書などではなく真正なものであると、まともな判断力のある人すべてを納得させるものだった。
ロッキード事件で、田中角栄の死命を決したともいえる決定的事件が、あの榎本美恵子の「蜂の一刺し」発言(1981年10.28日)だったわけだが、今回の加計学園事件、「総理のご意向」問題における「蜂の一刺し」とも言えるのが、今日の前川記者会見だったと言ってもいいくらいだ。

これだけの重要事件を、NHKは、故意に衝撃を和らげるのに腐心するかのごとき対応をした。つまり、19時のニュースでも21時のニュースでも、トップにイギリスのテロ事件の追悼を持ってきて、延々とやる始末。
前川発言はごく簡単に紹介、菅官房長官の反論は詳しく放映。菅氏は前川氏について「天下り問題で隠ぺいした責任者で、自ら辞める意向を示さず地位に連綿としがみついていた。」と、口をきわめてこき下ろした。

【「でんでん」総理に「連綿」官房長官。】

どう聞いても「れんめん」と聞こえるので、ネット検索すると「連綿」としているのと、「恋々」としているものがある。今、動画で確認したが、はっきり「連綿」と言っている。TVやニュースでは「連綿」はおかしい、このままでは菅さんに傷がつくと、得意の「忖度」で「恋々」に直したのだろう。
そうしたらTBSのインタビューで前川氏が菅氏の発言に反論していたが、その時の発言が面白い。
「地位に連綿、・・・恋々と言われるが」といった言い方をされていた。菅発言(5.25日午前)をニュースで聞いて、それが耳に残っていて「連綿」と言ったが、すぐおかしいと気付き「恋々」といい直されたのであろう。
知性の差といい、相貌の差と言い、どちらが真実を語っているかは、議論の余地がなかろう。
「レク文書」という記者会見でも示されたペーパーについて、前川氏は文科省のそれを自分のところに持ってきた役人の名前もTBS記者には明かしたようで、この記者にTBS記者が確かめたら何も言えない的反応(正確に記憶していないのでこういう表現)だったという。
もう事実は明確なのである。「黒を白と言いくるめる」政府、迎合するNHK、読売新聞(憲法改正で安倍首相のインタビュー記事掲載に続き、この問題でも前川氏が出会い系バーに出入りと報道)には、恥を知れと言いたい。

前川前事務次官に心からのエールを送り、この問題はひとまず終わりにしよう。

【丸和運輸機関はれっきとしたアマゾン銘柄】
アマゾンはは配送業者一覧を公表している(5.09日付け参照)。
それを見て、ヤマト、佐川以外の、まだ市場で知られていない上場企業はないかと、私が探し発見したのがロジネット(推)=札幌通運だったことは、ご存知の通りだ。
その後、読者の方から教えていただいたのが丸和運輸機関である。

配送業者として挙げてある「ジャパンクイックサービス」というのが丸和運輸の子会社なのであった。
カトーレック、摂津倉庫、DHL等については確認したのだが、ジャパンクイックサービスは、なぜか飛ばしてしまっていたのだ。四季報にも【連結】の欄に載っている。

結局、アマゾン公認の上場配送業者は、ヤマトを除くと、新規に加わった遠州トラックのほか

ファイズ
SBS(SBS即配サポート)
ロジネット(札幌通運)
丸和運輸(ジャパンクイックサービス)

丸和運輸も、まれにアマゾン関連銘柄として出ていることがあるが、これはジャパンクイックサービスなど知らず、単に宅配便的サービスも行っている運送業者として、ほかのそうした業者と一緒に出ているものである。
この意味で、確かに、ファイズや遠州と同列のれっきとしたアマゾン関連だというのは、ほぼ未知の材料だと言っていいだろう。

5月26日 0時48分記

「美の巨人たち」(TV東京22時~22時30分)を見ていて、気になったことがあり、これを書いている。
与謝蕪村 久隅守景 国宝「夜色楼台図」「夕顔棚納涼図屏風」
という題であった。
「夕顔棚納涼図屏風」の絵をバックに、いろいろ語られるが、夕顔が何か分かり難いまま、話は「夜色楼台図」に移る。しばらくして、また「夕顔棚納涼図屏風」に戻り、「言う迄もなく夕顔はひょうたんのことですが」というナレーション。ここでは前とは違って絵もアップされ、棚にひょうたんがなっているのが分かる。

しかし、「夕顔」と言って「ひょうたん」のことと思う人などほとんどいないだろう。自分自身、知らないくせに、何が「言うまでもなく」だと毒づきたくもなる。
「夕顔」、「ユウガオ」という言葉は、誤解されやすい、分かり難い言葉である。

話が少し飛ぶが「さくらんぼ」と「桜桃」の紛らわしさを思い起こす。
私の場合、「さくらんぼ」と言えば「桜の実」のことであり、「佐藤錦」などは「桜桃」と言って区別する。しかし、今や、世は「さくらんぼ」=「桜桃」であり、と言うか「桜桃」は死語に近く、わずかに太宰治の忌日「桜桃忌」に残るばかりなくらいである。

さらに話は飛ぶが、数年前、知人と話していたら、子供の頃、よく食べたことを思い出して「さくらんぼ」(もちろん桜の実の方)を最近食べたら、まずくてと話される。実は私も同じ経験があり「うまいものがいっぱい出回って口がおごってしまったんだろうなあ」ということになった。
しかし、その後、よく考えたら、別の結論になった。
最近私が食べた「さくらんぼ」はソメイヨシノの実である。しかし子どもの頃食べたのは、自宅に生えていた八重桜の実である。さらに思い起こせば、その実はソメイヨシノのそれとは比べ物にならないくらい大きかった。いずれにせよ、昔食べた「さくらんぼ」は、確かにおいしかったと、今確信を持って言えるのである。小学生の私は桜の木に登り、黒紫に色づいたそれなりに大きく立派な実を葉っぱの間から取って食べたものである。毎年の楽しみな行事でさえあったのである。ソメイヨシノの実が無数と言っていいくらい生っていてごく小さいのとは大違いだと、今気付いた。

本題に戻って「夕顔」である。
今「夕顔」と言えば、普通、「朝顔」に対する「夕顔」、すなわち「ヨルガオの別名」などと、辞書などで説明されるもののことだろう。
そしてややこしいことに、「ウリ科のつる性1年草」の「夕顔」もあって、これは野菜で、かんぴょうにされたり、みそ汁の具にしたりする。「ひょうたん(瓢箪)」は、「ウリ科のつる性1年草」の「夕顔」=ユウガオの変種だという。

このように複雑なうえ、今や「ひょうたん」なども、ほとんど見かけなくなったから、死語というのは変だが、これまた太宰治「桜桃忌」ではないが、志賀直哉の「清兵衛とひょうたん」でかろうじて生き延びているくらいだ(というのは少し言い過ぎで「瓢箪から駒が出る」なる慣用句は健在でした)。

注=ウィキペディアでは、ウリ科の一年草の「ユウガオ」の項で
>『源氏物語』をはじめ古くから説話や民間伝承にも登場するなど口承文芸のモチーフになっている(後略)としている。しかし源氏物語の「夕顔」(巻名・人物名)の由来は、同人が本帖の中で詠んだ和歌「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」にあり、夕顔=「朝顔」に対する「夕顔」、すなわち「ヨルガオの別名」のわけで、ウィキペディアは取り違えているのである。

さて私の田舎(新潟県長岡市)では、「ウリ科のつる性一年草」のかんぴょう材料のことを「夕顔」とか「ユウガオ」などとは言わない。「ゆうごう」と言うのである。しかし、辞書で「ゆうごう」と引いても「融合」しかない。方言なのかとはうすうす思ってはいたが・・・

念のためネットで検索してみた。そしたらあるはあるは。

ゆうごうレシピ・作り方の人気順|簡単料理の楽天レシピ
楽天が運営する楽天レシピ。ゆうごうのレシピ検索結果 67品、人気順。1番人気はゆう ごう(夕顔)の油炒め!定番レシピからアレンジ料理までいろいろな味付けや調理法を ランキング形式でご覧いただけます。

ゆうごう - 長岡野菜加工研究会
特徴: 大きいものは長さが70~80㎝にもなり、若い実を食べます。ゆうごうを細く切って 干すと、「かんぴょう」になります。 由来: インドやアフリカなどの熱帯地域原産の「ゆうが お」の実のことで、長岡弁がなまって「ゆうごう」となりました。

ゆうごう(ゆうがお) | 新潟・食品名産図鑑
ゆうごうは夕顔がなまった言い方で長岡野菜・柏崎野菜に指定されています。夕顔は 通常は細く切って干して干ぴょうの原料となりますが、中越や上越では野菜として若い実 で食しています。

積年の疑問が、これですっきりしたので、興味のない方も多かろうが、書いてしまった。お許しあれ。

1月21日 23時56分記

SJI(推)、PTS最終値 86△2

最近、身近でも、またテレビ等でも、お寺の住職が困窮しているという話をよく聞く。つい最近も住職が袈裟姿から作業服姿に着替え、これから旅館の仕事に行くというのがあった。もうかなり前に、同じく住職が土方に出ているという話を聞き驚いたが、さらには焼身自殺されたという悲惨な話には、言葉を失った。

これは、結局、地方が急激な人口減に見舞われていることが、最大の原因であろう。檀家は減少の一途とか、あるいは形はあっても東京などに出て行った息子や娘は、そのまま帰らず、田舎の実家は打ち捨てられていくという図式である。農業(コメ作り)で食って行くことができなくなり、生計を立てるおおもとの仕事の大半が失われたのだから、ほとんどの地方都市、町・村は人口減・衰退となるのは、避けがたいことと言っても過言ではない状況のわけである。

こうしたことは、世の中の常識のはずだが、必ずしもそうではなさそうである。
「田舎に泊まろう」(TV東京系列、2003年4月~10年3月。現在は特番で放送)とか「鶴瓶の家族に乾杯」(1995年8月~)などを見ていると、私は違和感を覚える。
細かい話は別として、要するに、これらの番組に出て来るのは、地域住民の「富裕層」(かなり豊かな家くらいの意味)がほとんどなのではないかと思うからである。今、ああいう番組で取り上げられる地方に、ゆとりのある生活をし、子供も元気にやっている家族など、かなり珍しいと思うからである。
「やらせ」か「仕込み」か「編集」かなどを論じる気は全くない。そういうことではなく、地方で大半の人(家)は、経済的に苦しい生活を強いられており、そういう実態に、かたくなと言っていいくらい目をつぶり、少数派の「富裕層」ばかり取り上げ、地方はこんなに元気だ、みんな明るく、子供たちはすくすく育っている的な番組作りを延々続けているのは、いかがななものかと言いたいわけである。夫婦に子供2人の家族を「標準世帯」と言っていた時代そのものの感覚であろう。

【タワマン建設ラッシュのもたらしたもの】

私が、今日、ここで書きたいのは、こうした地方の衰退と「タワーマンション(タワマン)」の関係についてである。

近年、武蔵小杉(JR、東急等の「武蔵小杉」駅周辺。川崎市)はタワマンが建設ラッシュで、とどまる所を知らないかのようである。
私などが東京に出て来た頃(1960年代半ば)は、まだ高層建築物はほとんどなかった。1971年に西新宿に京王プラザホテルが建設され、その後、周辺には続々高層ビルが建設されていった。「超高層の夜明け」とか言ったような。鹿島建設黄金時代である。
この後もしばらくは、こういう高層ビルは、西新宿以外、そうは広がらなかったように思う。それが、いつ頃か判然としない(面倒なので調べないこと、お許し願う)が、次第に東京の中心部では続々高層ビル(マンションを含む)が建設され出し、大阪、名古屋その他の地方中核都市にも広がって行ったわけである。

中でも、近年はいわゆるタワマンブームである。なぜ、こんなことになったのかと思ったら、1997年、建築基準法が改正され、各種の規制が緩和されたためだった。これで、殺伐とした光景が広がり(あくまで私の主観である)「人外魔境」と私が呼んでいた東京湾沿岸地域には、特に大量のタワマンが建設された。こうした地域の評価も一変、海が見えるということもあって人気エリアになったのだった。

最近のタワマンは、一段とスケールアップ、1団地(複数棟構成のタワマンが結構あるので古風な表現をあえて使う)当たりの戸数は500戸以上が珍しくないというか普通と言っていいくらいだ。THE TOKYO TOWERS(2棟)2794戸、ワールドシティタワーズ(3棟)2090戸のような、まさに一つの街のような巨大タワマンもある。

ある日、私の頭にひらめいたのは、こうしたタワマンで一体どれだけ、人口移動が起きるのだろうか、いやもしかしたら、これこそ、東京の郊外(例えば練馬区の西部や市部の多く)や千葉県の大半がマンションの不人気地域になり、ひいては地方都市の衰退が進むことにもつながっているのではないかということである。

武蔵小杉では、この10年で10棟6000戸のタワマンが建設され1万5000人が移り住んだという(2014年時点)。その後も、なお建設は続き、今後は北口の方で大規模な再開発が予定されている。控え目にみても累計では8000戸が建設され、2万人が移り住むことになろう。
東京都区部で2016年以降完成予定のタワマン(20階建て以上)は92棟、4万5577戸(2015年3月末現在。不動産経済研究所「超高層マンション市場動向2016」)という。
1戸当たり2.5人とすると11.4万人が、タワマン住人になるということである。

【11.4万人の持つ意味】
佐渡島の人口がどれくらいかご存知だろうか。
おおよそは知っていると思っているような人でも、時々チェックしていないと、大きく狂うことになる。息子が小学生の時、先生が世界の人口は26億人と教え、誰かが違うと言っても譲らなかったという。26億人というのは私が中学生くらいの時、つまり半世紀も前の数字であろう。世界の人口は今73億人、息子の小学生の時代でも60億人前後はいたであろう。

佐渡島の人口は、世界の人口と正反対の激変をしているわけである。
1960年=11.3万人
1970年= 9.3万人
1980年= 8.5万人
1990年= 7.8万人
2000年= 7.2万人
2010年= 6.3万人
2015年= 5.7万人

東京都区部では今後(数年内か)タワマンに11.4万人が吸い込まれるわけだが、これは佐渡島全住人のちょうど2倍である。
1棟1000戸の大規模タワマンができると2500人が移住可能、ほどなく5万人になる佐渡島の住人は20棟のタワマンで全員収容できることになる。佐渡島の住人がタワマンに移り住んだわけではないが、タワマンの建設はちょっとした離島の全住人が消滅するくらいのパワーを秘めていることを言いたいわけである。

【タワマンをどうするか】
タワマンの功罪を論じるのは、本稿の趣旨ではないのでしない。
言いたいのは、何も問題を感じず、どんどんタワマンを作って行くと、タワマンのある自治体はどんどん豊かになり、逆にその影響で人口を吸い取られる自治体は、その分税収減で貧しくなるということである。

1棟1000戸の大規模タワマンができると、1戸当たり25万円の固定資産税・都市計画税が入るとしよう。年間総税収は2.5億円である。逆に言えば、住人を引き抜かれた自治体は、その分、税収が減るということである。
別に、これでタワマンを建設許可した自治体が犯罪を犯したわけではないが、野放図に、これを放置すれば、各自治体間の経済的格差は拡大の一方であろう。為政者は、早くこうした問題点に気付き、手を打たなくてはならないことは論を待たないであろう。

何もしなければJR北海道は苦しくなる一方、JR東海はリッチになる一方である。これはJR分割の際のやり方に問題があったとみるべきだろう。例えば「持参金」をはるかに多くJR北海道には渡すとよかったのである。
タワマンに関しても、何もしなければ、東京都はますますリッチになり、東京の郊外やさらに外縁部は、ひいては地方は苦しくなる一方であろう。

小泉・竹中路線、アベノミクス、いずれも、「東京が豊かになれば地方も豊かになる」とか「トリクルダウン」効果を前提にしているようだが、こうした考え方が間違いだったことは、今日の地方の疲弊を見れば、だれの目にも明らかである。
ここでは、処方箋を示すことはしないが、いずれにせよ、上述のような現状認識にたって、根本的に政策転換する必要があるとだけ、言っておこう。

12月25日 0時14分記