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新型コロナの感染者との接触を知らせるスマホアプリ「COCOA」の不具合が4ヵ月以上も放置された問題について、厚労省による検証報告書が、4.16日に公表された。厚労省、事業者双方の無責任な「思い込み」の連鎖が原因という。
こういう話も、もうああまたかと思うだけで、あまりにこうしたことが頻発して、ショックも受けなくなったことのほうが恐ろしいくらいだ。

「COCOA」はITがらみの最先端分野の話だが、アナログなことで民間でも、相変わらずなひどいことに、ごく最近私は遭遇した。
銀行のキャッシュカードを紛失、再発行をお願いした。そうしたら銀行から郵送で必要書類を自宅に送るからそれに書き込み返送、それから数日して新しいキャッシュカード発行支店に受け取りに行くという手順だったと思うが、結構大変だと感じたことを覚えている。ひどいと思ったのは、受け取りに行った時だ。本人確認をして受け取るくらいで、数分で終わると思っていたら、次々と書類に書き込み、一つごとに間が空き(例えば運転免許証をコピーする等で)、暗証番号の再設定かなにかは、またパソコンで当方がやるとかもあって20分以上かかったように思う。この後、受け取りには、さらに15分から20分かかると言われ、発狂しそうになった。
1年前には、確定申告(電子申告した)した内容を紙にしたものが必要になり申請したら、その受け取りに、延々トンデモないくらい、あれこれさせられ驚愕したが、いちいち書いても読者諸氏も困惑されるだけだろうから詳細は省く。

要は、メリハリをつけ、必要なことはきちんとやる一方、どうでもいいようなことはカットして、何事も効率よく、迅速にすべきということである。
「スピード感を持って」という言葉が、近年やたらと使われるが、こういう生ぬるいことを言っているから、国際競争に敗れるのではないか。「スピーディーに」、「迅速に」、「直ちに」といった表現に変えることを提案しておく。「スピード感」など持つな。

本題に入ろう。
東北新社の外資規制(外資比率が議決権ベースで20%未満)に違反していたことが問題になった。衛星放送事業の認定を申請した2016年10月時点で違反していたことが明らかになり、総務省の審査のずさんさも問題になった。
その後、フジHDも4.05日、2012年から14年にかけて外資規制に違反していた可能性があると発表した。
私がここで、こうしたやや古い話題を取り上げるのは、こうした問題そのものを論じようためではない。

誰も言わないようだが、どうしてこんな子供だまし的な簡単なことに気づかず、問題にもしようとしないのかということである。

投資家なら知っていて当然のことだが、上場企業の外資持ち株比率など、『会社四季報』などを見れば、すぐに分かることである。有価証券報告書まで当たらずとも、四季報で確認できるのである。【株主】欄にはまず大株主の氏名・持ち株比率が出ていて、その後に<外国>、<投信>の保有比率が掲載されている。
「2016年10月時点で違反していた」というので、その頃の東北新社の外資の持ち株比率の分かる号を当たってみよう。
2016年4週(2016年9.16日発売)=外国20.2%。ちなみに2015年2集でも同じである。2017年1集では19.9%で規制クリアとなっている。
いずれにせよ、放送各社等、外資規制のある企業なら、自社の外資の持ち株比率くらい、それなりに関心を持って当然だろう。もちろん、規制当局の総務省の官僚もそうである。にもかかわらず、企業の側も当局も誰一人気付かずに来たとしたら、唖然とするではないか。

注=放送法は116条で議決権の割合が20%以上になりそうな場合、「氏名及び住所を株主名簿に記載し、又は記録することを拒むことができる」とし「株式についての議決権を有しない」と防御策を放送局に認めています。
実は、この規定によって発行されたすべての株式では優に20%を超えていながら議決権ベースで抑え込んでいるのがフジHD(32%超)と日本テレビホールディングス(23%超)です。(坂東太郎氏の4.09日の記事より)

というようなこともあり、単に四季報の数字で断定はできないにしても、東北新社の株主の持ち株比率で<外国>20.2%となっていたら、調べてみるのが当然だろう。
四季報の当該欄を見るなどせず誰一人気付けなかったというのなら、あまりにお粗末。
四季報で気付いても、何か裏がある(議決権ベースなら20%未満になるとか)んだろうくらいに考え、詳細を調べなかったとしたら怠慢。
野党議員の方にしても、上記くらいの知識があれば、国会での追及も、もう少し迫力が出ただろうにと考えると、残念なことだった。

4月17日 20時15分記
新型コロナの猛威が続く。
いろいろ言われるが、やはりこのウィルスは想像以上にしぶとく、並々ならぬ覚悟を持って対処する必要があるとみるのが、少なくとも現時点での妥当な見方だろう。
しかし今に至っても『週刊新潮』などは軽視した見方を変えようとしない。「部数低迷に直面し(中略)編集上の無理が生じ」と『新潮45』の特集記事をめぐって謝罪した同社だが、新型コロナでも同様の愚を犯そうとしているのではないか。改めるべきは改める姿勢で行くことを忠告しておきたい。
新潮文庫のお世話になった者として、あえて苦言を呈するわけだが、問題はGo To キャンペーンなどという逆噴射政策を推進、ヤバイとなっても素直に迅速に政策転換できない政府(菅首相)、そして例によって「5つの小」などとキャッチフレーズ」づくりにいそしむだけで、無策の東京都知事(小池百合子氏)だ。

この辺のことを論じていると、膨大なものになってしまうので、ここでは、コロナで本当に困窮している人々に対し、政府等はどうすべきかについて、考えていることを書いてみたい。

非正規労働者の比率が日本では近年急上昇しているわけだが、こうした立場の人々はじめ、突如首切りにあったり雇い止めになったりして、明日の暮らしもままならないというような方が、どんどん増えているであろうことは、疑いの余地がない。ここに来ての自殺者急増は、そういう方たちが、いよいよ追い詰められていることを、数字が語っていると断じてもいいだろう。

そういう困窮者に対し、政府は早急に、即効性のある支援策を打ち出す必要がある。にもかかわらず、そういう問題意識が為政者の間に希薄なのは大問題だ。

私は、こういうことを考えている過程で、あることに気付いた。
例によって、言われてみればなあんだとなりそうなことだが、誰も言ってこなかったことと思う。それは、どんな災害や事件などよりはるか広範囲な地域で膨大な数の人々が明日の暮らしにも困っているというのに、それを支援する動きが官民ともに、特に民にほとんど見られないということである。
つまりどこかの地域が、大地震とか風水害、原発事故等にあった場合、政府や自治体等の支援に加え、募金等の形で民間の支援も行われる。たとえば「ドラえもん募金」である。これは直近でも2020年7.08日か~22日で2020年7月の豪雨災害による被災者支援をするための募金を実施した。

考えてみると、上記のような自然災害等では被害者が一定地域にいて、募金・給付がやりやすい。ところが、今回のような場合、ちょっと考えただけでもやりにくいことが分かる。政府に言わせれば、失業した方には雇用調整助成金等があるということになろう。しかし、問題は、そういう制度の網から漏れる人が膨大な数に上るうえ、そういう方に限って声を上げにくいという日本の悲しい現実がある。

1人当たり10万円の特別定額給付金は12.7兆円余の巨費が投入された。そして、今、政府も東京都も財政事情が悪化、これ以上の支援にきわめて消極的になっている。
そもそも、富裕層も含め全国民に一律10万円を給付というのは、まともな頭で考えれば、ばかげているとなりそうなものだ。ところがそうはならず、所得制限を設けて30万円を給付するという岸田政調会長(当時)案は、公明党の横やりもあって簡単に撤回された。世論も野党もどちらかと言えばそれを支持したわけだから、どうにもならない。
2つの案で必要な予算は以下の通り。

一律10万円給付=12.7兆円
限定30万円給付=約4兆円(ただし給付対象は個人ではなく世帯)

30万円給付にしておけば、政府(国庫)には差額の約9兆円ものお金が残ったはずなのである。以下は一律10万円給付→限定30万円給付で属性による給付額がどう違うかを示したもの。。橋本徹氏に含むところがあるわけではないが、子だくさんということで登場願う。

橋本徹氏   =90万円→ 0万円
フリーターA氏=10万円→30万円

一律10万円給付にしたため、救われるべきフリーターA氏には10万円、困っていない橋本氏には90万円が行くという当の橋本氏も困惑するとんでもないやり方だったわけである。

どうも最近の風潮を見ていると自民党はもちろんだが、大半の野党さえ、所得制限を設けることに消極的で、一律方式になびいているように思うが、これは大いに問題だろう。国が豊かで、財源の心配をしないでよかった時代ならいざ知らず、今や国家財政は窮乏しているのである。国家は破産しないという私の持論が最近経済学者の一部が言い出し、日本政府も好都合の理論と飛びつき、財政規律は緩みっぱなしだが、破産しないだけで、問題がないわけではないのは言うまでもなかろう。

序論が長くなり過ぎた。本論に入ろう。

以下は私の提案である。

・生活困窮者に対し、国が自治体の窓口等で、小口資金を無利子で貸し付ける。

「生活困窮者」とは、このままでは早晩、生活に行き詰まるのが目に見えていて、将来の展望も見込みにくい人。
漠然としているが、急を要すること、限定30万円給付のようなやり方だと給付までに4ヵ月とかの長期間を要することから、このようにする。
不正貸し付けを防ぐため、自分がいかに困窮しているかを、具体的に書いてもらう、窓口で担当者の質問等に答えてもらう等のことを行う。1回に限定せず、事情によってはさらなる貸し付けも可とする。申請後1週間~2週間以内に貸し付けを実施する。
基本は「貸し付け」だが、その後も生活状況に改善が見られないなどで返済に展望が全くない場合は「徳政令」を発し返済を免除する。なお「徳政令」のことは、あまり大っぴらには言わず、基本はあくまでお返しいただくということですが、お上にもお慈悲はありますから…くらいの神対応を自治体職員にはしてもらう(ちょっと難しすぎるか?)。

実は緊急小口資金の貸し付けといった制度は、現在でもある。そしてコロナの影響で困窮している方へとして厚労省も特設サイトを設けている。
しかし、これの予算枠が何兆円もの規模ではないだろうし、何より返済期限1年では、どうにもなりそうにない。
案の定、以下のような悲痛な書き込みが、いくつも見られた。

>大阪府の社会福祉協議会の審査にて緊急小口資金の不承認通知書が届いた。生活保護を除くすべての「給付」「貸付」で唯一の申請が出来た「救済」だったのだが「緊急」なのに2週間以上結果が出ず、遅れているのに連絡も無く窓口の「市町村の社協」で問い合わせて途中経過のみ審査結果は答えない、通知書にて不承認理由も答えない。そして答えない事に同意をしないと申請できない事に不信感しかない。そして再申請しても通らないだろう。単身でほとんど無職が続く者を政府は救済する気はないのだろうか?(後略)

政府は、こうした免罪符的な施策でごまかすのではなく、本気で困窮者を救う気持ちになって、少なくとも数兆円規模の予算を確保して、対策を実施すべきである。これ以上、自殺者を増やさないためにも。

11月29日 0時13分記
10.01日は昨日の下げの倍返しだと張り切っていたら(実際、朝の寄り前の気配は、それが期待できるものだった)、なんと売買停止。悪くとも後場からは再開かくらいに思っていたら、終日売買停止という前代未聞の事態となった(2005年11.01日にも全面停止になったが、終日ではなく3時間である)。

詳細は承知していないが、過去の事例は、一応、それなりの理由があるにはあった。しかし、今回はそうした理由ではない。

>本日は、ハードウェアの障害及び障害の起こった機器からバックアップへの切り替わりが正常に行われなかったことによって相場情報が配信出来なくなりました。
現在、ハードウェアについては交換を予定しており、その他メンテナンス等を含め、明日以降、正常な売買ができるよう対応を行っています。

これでは、東電の福島・原発事故と同じではないか。甘い想定をしていて想定外の事態になすすべなく、全電源喪失となり、あのような人類史上に特筆される惨事を引き起こしてしまった。このつけを私たち日本人は、今もこれからも長きにわたって払い続けざるを得ない。

東証は、上記のような通り一片の説明ではなく、もっと具体的に誰にも分かるように説明、そうしたことを引き起こしてしまった原因・責任を明確にするべきだろう。

こういう厳しいことを書くのも、私が東証に根深い不信感を抱いているからでもある。
原発事故で計画停電が実施されることになった。
そして計画停電実施地域に住む投資家や証券会社等は多大な迷惑・不利益・損害を被った。
立会時間中にも平然と行われる停電で、こうした地域にいる投資家(私を含む)は、その時間、取引が不可能になったり、非常にやりにくくなったのである。
東証が投資の実態をよく把握できているなら、こうした計画停電のやり方について反対し、東電と実施方法の詳細について交渉しただろう。
つまり、例えば、計画停電は立会時間時間中はできるだけ避けて実施する。
そうした措置を取ったうえで、立会時間を使用電力量が少ない、朝や夜にシフト(昼休み時間を長くとる)させる
こうしたことをすべきだったと考えるわけである。

今回の事故発生後の東証の対応を見ていても、これが株式取引の元締めのやることかと唖然とする。

2020/10/01 東証
障害に伴う売買の停止について

こういうスタイルで【第1報】~【第5報】を出しているわけだが、すべて2020/10/01 東証となっていて、配信時刻の記載がない。だから一体何時に今日の取引が「終日」停止と決まったのか分からない。株式投資の経験がほとんどない役人がやっているのかと疑ってしまう。

富士通アローヘッド

株式会社東京証券取引所(以下、東証)は、富士通株式会社(以下、富士通)の最新の技術を活用し、株式売買システム「arrowhead(アローヘッド)」を4年ぶりに全面刷新して、機能強化と性能改善を図り、11月5日から運用を開始しました。

「arrowhead」は、高性能・高信頼

「arrowhead」は、高性能・高信頼を実現した世界トップレベルの株式売買システムで、様々な最先端技術を結集して、2010年から約10年間、安定的に稼働している大規模ミッションクリティカルシステムです。

どこかで見つけたのをコピペしたので、出典を示せないが、いずれにせよ、東証なり富士通が出しているものだろう。
「世界トップレベル」というのが曲者だ。「トップ」でないのはもちろん、トップとどの程度の差があり、順位的に世界何位なのかなどは、これでは全く分からないが、私は世界トップとは、かなりの差をつけられているとみている。世界の高速取引に関する記事等から、また日経平均先物の株価の更新頻度がNYダウ先物のそれに比べ遅い等から、そう感じるわけである(素人の見方であり、やや危ういものがあるが)。

新型コロナをめぐり、日本の後進国ぶりが浮き彫りになった。
PCR検査を迅速大量にできない、ワクチン開発でももう世界とたち打ちできない、コロナ感染者情報の処理に時間がかかり過ぎる、国民にお金を配るのにもとんでもなく時間がかかる
等々である。
政府はデジタル庁を作ると言っているが、事はデジタル庁新設で片付くような生易しい問題ではない。病根は深く闇に隠れている。

企業の決算発表が世界でも最も遅い部類であるが、各種統計(GDP等)の発表等も同様なことは、当ブログで何度か指摘してきた。企業の意思決定の遅さ、硬直した企業組織などという、どう手を付けたらいいのか、呆然としてしまうような大問題もある。

もう手遅れでお手上げなのではとさえ思ってしまう。
一人の芭蕉よ出でよ
と乱歩だったら叫びそうだが、一人芭蕉が出現しても、あまりの困難さに気絶するかもしれない。

一人の芭蕉の問題
江戸川乱歩

(前略)
 こゝに歴史上の事實がある。革命の先例がある。探偵小説を至上の藝術たらしめる道は恰かもこの芭蕉の道のほかのものではない。常識の豫想し得ざるもの。百年に一人の天才兒が生涯の血と涙を以て切り開く人跡未到の國。あゝ、探偵小説の芭蕉たるものは誰ぞ。好漢木々高太郎果して芭蕉の慘苦を惱むの氣魄ありや否や。(「ロツク」昭和二十二年二月號)

しかし、嘆いてばかりいてもしようがない。我らはいつの間に、世界の流れから取り残されつつあることを、しっかり自覚し、猛省の上に立って、今後の道を、それがどんなに困難を極めるものであっても、切り拓いて進んでいくしかないのである。

相場の方は、日経平均先物はかなりの上げとなっており、今日の不測の事態にも関わらず、明日は明るい1日になりそうだ。

10月01日 21時27分記
新型コロナの日本の状況が、ややまずいことになりかねない雰囲気だ。
安倍首相は気力減退気味なのか官邸に入る際の歩く速度がのろくなっているという。小池都知事も感染防止徹底宣言ステッカーを掲示した店でクラスターが発生しても「ただ貼ればいいという事業者がいないとは限らない」と、本性露呈のコメントを出すなど、知事選が終わればやる気なしの雰囲気だ。

今、コロナは、世界的になお猛威をふるっているわけだが、実は、日本のマスコミが、トータルな全体像を、分かりやすく伝える責務を果たしていないので分かりにくいが、大きな変化が起きているようだ。
つまり、今、猛威にさらされているのはアフリカや南米各国に多く、先進国で対策がしっかりしているところでは、かなり沈静化しているようなのである。
アメリカはトランプ大統領支持の知事の州(南部や西部に多い)では感染拡大傾向のところが多いようだが、ニューヨーク市や同州はかなり沈静化している。ヨーロッパでもイタリアなどはかなり沈静化、ここに来てはイギリスがPCR検査を広く実施する(無症状者も検査)などの効果で急速に抑え込みに成功している。このため、最近、フランスからの入国を制限するなど様変わりの状況だ。そのフランスは、一時は急速に感染者が減ったのだが、経済活動等の緩和で、またぶり返し気味になっていて、今回のイギリスの措置につながったわけである。カナダやニュージーランドもうまくいっている。

日本の場合、やることなすこと、後手後手、まっとうな対策、時宜にかなった対策はほとんどとられなかったにも関わらず、意外に最初の頃は、状況が悪化しなかった(BCG効果か何か確たることは言えないが、そうした僥倖があったためであろう)ため、「これでいいのだ」的雰囲気が、政府等に蔓延、、ここに来ては、政策の逆噴射(感染者が増加を見せ始めたタイミングで緊急事態宣言解除、さらに最近ではまたさらに事態が悪化しそうなタイミングでGo To トラベル事業に乗り出すなど)も続き、感染者が全国的に拡大、死者数も増加傾向が顕著になりだすなど、完全にコロナ対策に失敗した国に入りつつある。

世界の趨勢を見るに、結局
①徹底的にPCR検査を行い、感染者を隔離する。
①´感染者隔離等の対策では、日本のように全国一律ではなく、細かく地域の状況に応じたものにする。
②経済との両立のためには、感染状況を迅速に把握、ブレーキ、アクセルの使い方を適切にする。

こうしたことを行うことが、成功の秘訣のように思われる。
①´について補足すると、例えば、今、日本で問題が深刻化しているのは、ほとんど大都市部だけである。
「東京由来」という言葉が、最近よく使われたが、そんなことを言っていられたのも、数日だけで、すぐに「大阪由来」、「神奈川由来」等々出てきているわけで、いかに対策が後手に回っているかだろう。
巨大都市圏や沖縄(米軍人の行動も深刻化の原因の一つではと疑われるが、これはタブーなのかほとんど報道されない))等のホットスポット化しているところと、ほとんど、大きな問題になっていないところ(東北6県、またこれらを除いた本州の日本海側の各県=ただし京都、兵庫などの太平洋と接するなどのところは除く、四国の大半の県など)とを一緒くたにした政策は、見直すべきである。また東京の場合でも、区部とそれ以外、区部でも新宿区と例えば練馬区とでは区別して考えるべきだろう。

以上のようなことを踏まえて、具体的にどうしたらいいのかを考察する。
①PCR検査体制を、早急に時期を明確にして、各地域の特性も考慮して、大幅に拡充する。
やみくもに誰でも受けられるようにする必要はないが、多少なりと懸念のある症状の人、状況等から心配な人等は、医師の紹介がなくとも、保健所経由でなくても、簡単に受けられるようにする。無症状者からの感染が4割とも言われる中、無症状者でも状況に応じて積極的に検査する。費用もある程度の条件さえ満たせば無料にする。

②経済活動活性化のためには、人々が、外出し買い物や飲食等を、ある程度、安心してできるような状況に持っていくことが必須だ。このための①でもあるわけだが、地域に応じて、国や都道府県が、行動指針的なものを打ち出すことが求められる。
例えば、「県をまたぐ移動」の自粛がよく言われるが、これはナンセンスだ。岩手県から青森県への移動、あるいは香川県から徳島県への移動を制限する意味がないのは自明だろう。どちらの県もコロナ感染は深刻化しておらず感染状況等も大差ないからである。善玉・悪玉で言えば、善玉に悪玉が来るのは困るが善玉に善玉が来るのは問題ないのである。悪玉同士はどうしたらいいか?EU各国(感染初期を念頭に書いている)の移動制限が原則なしなのは、この観点から考えると理解できよう。
感染者数や死者数が圧倒的に少なく、趨勢を見ても危険な兆候のない県や地域では、むしろ、もう少し積極的に安心をアピール、対策を積極的にとったうえで、平常の生活に近付くことを提案したほうがよい。もちろん、少しでも悪化の兆候が出たらブレーキも迅速に踏むのである。
逆に東京、大阪、神奈川、福岡等におけるホットスポット的な場所では、一段と厳しい対策をとる必要があるだろう。

8月15日 23時35分記
都知事選の前、私は当ブログで、「山本太郎氏への公開質問状」という記事を書こうかと、それなりにまじめに思い悩んだことがある。
山本太郎(敬称略、以下同)宛てにしたのは、彼を支持しているとかではなく、天皇への直訴状を出したくらいの方だから、何らかの反応くらいはしてくれるかもと考えたからである。
何を質問しようとしたかと言うと、小池候補(当時)の学歴詐称問題をなぜあなたともあろう人が選挙戦で訴えないのかということである。
しかし、情勢を見るに小池候補人気は圧倒的で、今(その当時)何をやったところで無駄玉になるだけなのは明々白々なのでやめた。そして予想どおり都知事選では小池候補が圧勝した。

小池百合子という人物は、調べれば調べるほど虚飾にまみれた人間で、こういう人が都知事という職にあって、さらには首相の座も目指していると思われるとなれば、これを黙って見過ごしているのは、どう考えても、やはりいけない。
石井妙子(『女帝』の著者)、黒木亮をはじめ、小池の「噓」を、膨大な時間を費やして暴き、世に問うているまじめな方がいる。にも拘わらず、世の中に、こうした方たちが暴いた小池の「噓」に全く気付いていない方の方が圧倒的に多い。だからこそ、あの都知事選の投票結果になったわけであろう。

そういう状況なので、私が蟷螂の斧かもしれないが、ここに一文を草し、世に真実を知らしめようと思ったわけである。
私は大局観を重視する人間で、逆に些末なことにはこだわらないので、細かなことを重箱の隅をつつくように調べ尽くすといったことは苦手であり嫌いでもある。

今回、石井、黒木その他の方々の書いたものを、かなり読んで、また、テレビ等で小池が発した言葉を想起したりした。その結果、小池の正体について不遜ながら小生ほどよく知っているものはいないと言ったら言い過ぎだが、大局観を持って小池の噓を一般の人々に伝えうる人物としては小生は最も適任な人物の少なくとも一人という思いを持つに至った。
そこで、ここでは石井、黒木にもできなかったこと、簡略に小池の化けの皮を剥ぐという難事業に挑もうというわけである。

『女帝』を何人かの人に読んでもらうと、異口同音に「小池」の噓のひどさに驚愕する。みんなそれまでは小池シンパかどうかはともかく、小池がそういう人物だなどとは露思っていなかった方である。だから、全国民が『女帝』を読めば、それで事足れりとも言えるのだが、同書は今日の文春の広告でも20万部突破どまりである。1億2000万余人は読んでいないわけである。

【ショーンKを都知事に戴いていていいのか】
詳細に正確に書こうとすると、結局、石井、黒木の書いた物等を熟読されたいになりかねないので、そうした愚は犯さず「神は細部に宿る」戦法で行こうと思う。
これは噓か真か、良い悪いを見抜こうというとき、細かい具体的事象から判断する手法である。
分かりやすい例を挙げると、国語辞典を選ぶとき、あるいは百科事典を選ぶとき、国語辞典なら「男」、百科事典なら「PER(株価収益率)」といった言葉を引いてみて、そのそれぞれの辞事典の書きぶりを比較するのである。そうすれば、その辞事典の出来の良し悪しが比較的簡単にかなりよく分かる。

小池の場合、「カイロ大学首席卒業」が最も好例である。
注=カイロ大学卒業の方は、問題がある意味複雑なのでダメなのである。ただほとんど知識のない方のため、これについても簡単に触れておこう。
カイロ大卒業疑惑をめぐってはカイロ大が6.08日に「小池氏が1976年に卒業したことを証明する」という声明を出した。これで納得した純朴と言うか疑うことを知らない人がいっぱいのようだ。しかし石井、黒木等の調査、カイロ大が怪しげな卒業証書を出すなどしても不思議でないような大学であることからして、同大の声明にたいした意味はないとだけ言っておこう。
結論だけ言えば小池はコネでカイロ大2年に編入、情実で同大を卒業した(ことにしてもらった)のが事実と思われる。
注=黒木が次のように書いている。
エジプトは、「腐敗認識指数」で世界180ヶ国中105位(ランキングが低いほど腐敗度が高い)という汚職や不正が横行する国である。大学の卒業証書など、カネとコネでなんとでもなる。このことは、カイロ大学の学長も2015年にテレビで認めている。

さて「カイロ大学首席卒業」に戻ろう。
私が小池という人に強い疑念を抱くようになったきっかけがこの件である。ワールドビジネスサテライト(テレビ東京の23時からのニュース番組)時代から、多少の疑念は抱いていたが、「首席卒業」でさらに強い疑念を抱くようになったのである。
森喜朗と小池がテレビに出ていた時、森が小池について、この人はカイロ大を首席で卒業・・・と発言、それに小池が照れたように卒業生(同級生とか同期性とかだったかもしれない)2人ですけどねといった趣旨の発言をした。この時のことを私は今でも鮮明に記憶している。

その後、今回、都知事選に絡み再び学歴詐称疑惑が浮上する中、舛添要一も参戦してきた。彼は大学が1個人に関し卒業を証明することなどありえないとし、そのうさん臭さを指摘しているが、ここで取り上げるのはそういうことではなく、舛添は小池が「首席で卒業したというのは、学生が1人だったからなの」と説明した、自分は40年近く騙されてきたと怒りを込めて書いていることである。
別に3人というのもあったように思うが今確認できない。要するに、首席卒業を売りにデビューしたが、自身これはやばいと思い学生が1人だの2人だのと言ってごまかそうとしたわけである。
なおカイロ大文学部社会学科の卒業生は100人とか150人くらいのようである(黒木がどこかで書いていたと記憶するが出典はやや怪しい)いずれにせよかなりの数なのである。現在の学生総数は20万人とも言われる超マンモス大学なのである。

いろいろ追及を受ける中、小池は首席発言を事実上撤回している。
その後、言い訳に使い出したのが、以下のことである。ここが面白いというか、小池の詭弁師の面目躍如たるところであり、私の独自の研究成果なので、よくお読みいただきたい。
教授(か誰か)にあなたの成績は「グッド」だったと言われた。
グッド、良い、すごく良いと話を盛って行って、ついに首席にしてしまったというような言い訳である。
大体、いろいろ調べても、この程度の話になるわけだが、もう少し探求を進める。
そうすると、同大の成績評価は4段階評価で(本当はアラビア語で書くべきなのだが、やむなく英語で書く)
次のようになっている。上から
エクセレント
ベリーグッド
グッド
アクセタブル
(ここまでが合格ライン)
(以下の場合は落第で留年。)
ウィーク
ベリーウィーク

要するに「グッド」)は日本人が「グッド」と聞いて感じる語感=「良い」とはかなり違う。
古い話で恐縮だが、私の大学時代の成績表は



不可
の4段階評価だった。
これでも良はそうほめられたものではないが、それでも4段階中の2番目、合格ラインの3段階中でも2番目だから、まあまあとは言えよう。
しかし小池の「グッド」は6段階中の3番目、合格ラインの4段階中では3番目だから、日本の良以下である。
グッドと言えば聞こえはいいが日本の良かそれ以下でしたでは、自慢どころか、小声でしか言えない評価なのである。もちろん、この話自体が疑問だらけのわけだが、ここでは触れない。

このほか、とにかく、小池の話はいい加減なわけだが、数字が絡むと、特にでたらめ、自分に都合よく歪曲するのである。コロナ感染者数もそうだが、ここは別の分かりやすい話を述べよう。

日本人初のカイロ大卒業生で、小池もよく知っている方で小笠原良治という方がいる。大東文化大名誉教授である。
小池は小笠原さえ10年かかってカイロ大を卒業しているが自分は4年で卒業したと言っている。
ところが、これも調べると小笠原は7年で卒業しているのだ。人のことは下方修正、自分のことは上方修正である。
蛇足ながら、こういう話もある。小池がカイロ時代に同居していた女性(石井に小池に関する資料一切を託した人)と一部屋に住むことになった時、順序は忘れたがともかく寒い時には日当たりがいい方を取り暑くなったら交換を申し入れるわけである(『女帝』)。
本当に調べれば調べるほど、小池の言行は、汚い言葉についなりそうだが、でたらめ、ごまかし、ご都合主義に満ち満ちているのである。

さらに付け加えると、平気で噓をつくということにも驚かされる。
多少はそういう傾向もある、くらいなら許せるが、そんなレベルではなく、追い込まれると、平然と噓が出るようなのである。
誰でも検証できる分かりやすい話を示そう。
4年前の都知事選、小池は鳥越俊太郎候補に対し「この人なら勝てると言って、政策も何もない、病み上がりの人をただ連れてくればいいというものではないんです。」と街頭演説で言っていた(7.17日秋葉原駅前)。ところが鳥越にガンサバイバーへの差別・偏見だと詰め寄られても、「言ってないです、記憶にないですね。」と笑って否定した。『女帝』では、「言ってないです」と言われた鳥越の方がかえって取り乱したと書いている。可哀そうな鳥越さん(これは鎌倉雄介個人の感想です)。

日本のマスコミは、新聞、テレビ等、ほとんどが小池の息がかかっているようで、小池に不利な情報は遮断、ために小池の噓は隠蔽されたままになっている。
田中角栄の場合、立花隆が『文芸春秋』で「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表、田中逮捕につながるわけだが、小池の場合、文春(田中の場合月刊誌、小池は週刊誌)で追及されたところまでは同じだが、その後の展開は、まるで違う。

【権力におもねるマスコミ】
私が当ブログではあまり歓迎されそうにないテーマである本稿を書こうとしたのは、大半の日本人が小池の噓に騙され、ショーンKと選ぶところがない人物を都知事に戴いていていいのかという危機感からだが、これ以上に今の日本が忖度、隠蔽まみれで報道されるべき事実が巧妙にネグレクトされていることへの危機感からである。

小池の学歴詐称疑惑は単に学歴の問題ではない。学歴なんか問題ではないという反論がすぐ出てくるが、問題は学歴ではなく、平気で嘘をつく人間性、弱者への思いやりなどどこにも無く自分ファーストの人柄が問題なのである。もちろん、政策遂行能力も大いに問題なわけだが、ここでは論じない。
ところが日本のマスコミは大新聞、テレビ等、ほとんど小池の学歴詐称問題について報道しようとしない。それでいてカイロ大の疑惑否定発言は喜々として報道する。大新聞、テレビ等は朝堂院大覚の言う小池の肉弾攻撃に轟沈させられたのだろうか。それでもこうしたところは、いろいろなつながりで小池の息がかかっていて逆らえないのかとも思うが、日本共産党、LITERA(私もよくは知らないがかなり左寄り・反安倍色の強いニュースサイト)、山本太郎なども、私の知る限り小池の学歴詐称問題を取り上げない。
田中角栄の時は立花隆の指摘に対し、そんなことは知っていたと言いながらも、追随報道したわけだが、今回も小池に関し石井の書いたようなことは(少なくともかなりの部分)知っていたはずである。それでも追随せず無視を貫いているわけである。

もう一つ、同様の事例がある。
伊藤詩織強姦事件もそうだが、もっと分かりやすい事件がある。
2019年4.30日に行われた「退位礼正殿の儀」での安倍首相の「国民代表の辞」でのとんでもない発言である。驚天動地と言うか、こんな方を首相に戴いていていいのかと絶句したくなる事件だが、これもほぼ黙殺され今に至っている。
「天皇、皇后両陛下の末永くお健やかであらせられますことを願っていません。」と言ったのである。
紙を取り出して文書を読んだわけだが、もちろん、こんな風に書かれていたはずがなく、「願って」の後の逡巡からしても「願って已みません。」を誤読したと推測される。
これも単に麻生に代表される国語力不足の問題にとどまらない重要な問題をはらむ。
①大事な式典なのに下読みもせずに臨んだのか。
②「已みません」が読めなくとも「願ってや(止、已)まない」という慣用表現さえ知っていればなんとかなったはず。
③上記の慣用表現も知らなかったとしても「願っております」とかなんとか言いつくろうこともできただろうに。
話が興奮のあまりつい枝葉末節の方に行ってしまった。
ここで重要なのは、この大問題をほとんどのマスコミが報道しなかったということである。読者諸氏でも大半の方が初耳なのではないか。
麻生の「みぞうゆう(未曾有)事件」の時はあれだけ騒いだのに、安倍の「でんでん事件」(参院本会議で「訂正云々という指摘」を「訂正でんでんという指摘」と発言)は報道したかどうか程度の扱い、、そしてその後の「願っていません事件」では完全に黙殺したわけである。

我々はこうした頼りないマスコミのもと、日々を生きている。
気骨のある言論人はいないのか。

7月18日 23時45分記





新年おめでとうございます。
本年もよろしくお願い申しあげます。(遅ればせながら)

6日の大発会を前に、書くことをいろいろ考えてきたわけだが、ゴーン逃亡はともかく、ここにきてアメリカ軍によるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害という大変な事件が起きた。
株式投資的には、全てをご破算にして、新たに考え直さなくてはならない。

少し時間をおいて、じっくり考えることとし、ここでは、株を離れたことを気軽に書くとしよう。

地球温暖化で、スウェーデンの怒れる少女グレタが脚光を浴びる一方、日本の「セクシー」シンジローも一躍、国際的な時の人になった。それはともかく、今冬も異常な暖冬だ。
昨年末、生家の長岡から電話があった時、雪はどんなかと聞いたら、住職(甥っ子)は雪は全くなしとのこと。それでも囲い(雪おろしの雪の溜まる部分に面した家屋の前部分を板の仮設の塀でぐるりと囲うもの)はとっくにお設置済みとのこと。少雪続きとはいえ、いつ大雪になるか知れず、準備は怠れないのである。

鎌倉の我が家の庭を見渡しても、暖冬異変を感じさせるものを見つけるのは簡単だ。
シャクヤクは、もう根元から赤い新芽が見せている。ボタンもとっくに枝に赤い芽を目立たせている。
梅は白梅も紅梅もつぼみをいっぱい付け、日々膨らませている。この分では早ければあと10日くらいで遅くも20日足らずで開花となりそうだ。

クリスマスローズの手入れ(古い葉を切除)をしていたら、つぼみを一つ発見した。クリスマスには間に合わなかったわけだが、これは開花が遅れているわけではない。
クリスマスローズというのは、本来クリスマスの頃開花するヘレボルス・ニゲル だけを指した呼称のわけだが、日本の園芸店等では、ヘレボルス・オリエンタリス等なども「クリスマスローズ」の名前で売っている。だから大半のクリスマスローズはクリスマスには咲かないのである。

話が横道にそれて行くが、日本では園芸市場で、売るために名前を勝手に変造するのは常とう手段だ。
シネラリア(cineraria)は、「死ね」では困るとサイネリアに変えられているが、こうした例はかなりあったと記憶するが、今思い出せない。
最近はやっていると感じるのは、キラキラネームではないが、どうしたら売れるかを第一に考えて勝手に付けたのではと思われる名前だ。

「断崖の女王」(「シンニンギア」、「レウコトリカ」、「ブラジリアンエーデルワイス」、「子犬の耳」等とも)
「アンデスの乙女」(和名ハナセンナ)
「ブルースター」(「フレボディム・オーレウム・ブルースター」)(シダ植物)
注=普通は「ブルースター」と言った場合、別名「オキシペタルム」というつる性多年草ないし亜低木を指すことが多いようだ。

ここに挙げた3種は、私がこの10年以内に買い求めたげたものばかりだが、私自身、こうした名前につられた部分もありそうで、園芸業者の狙いはすばらしかったとも言えそうだ。また、これ以外にもこうした命名はかなりありそうだ。
というわけで、植物の名前を覚えるのも、最近は至難の業だ。
NSD、NSW、NSユナイテッド等、最近は業務内容等も含め覚えにくい社名が多くて難渋するが、園芸の世界も同様なわけである。

「お年玉銘柄」も含め、予定が狂ってしまっている。外部環境の激変に鑑み、ご容赦を。
相場に関しては、遅くも5日の夜には書く予定です。

1月04日 20時58分記

台風10号は一体何だったのか。
命を守る行動を!
来てからでは遅い、早め早めの避難を!
と、気象庁やテレビは叫んでいたが、現実の被害はと言うと、少なくとも、ここまででこれはというものはほとんどないのではないか(死者1名、けが人33人)。それでもなお避難指示や避難勧告が出ているところはまだある。
21時00分現在では、すでに中国地方を通過、日本海上に抜けているわけだが、それでも「まだまだ警戒を怠れない」とか「中心から離れても大雨をもたらすから」と、不安をあおるような言葉を続けている。気象庁が記者会見までして厳戒を呼び掛けたほどのものではなかったのではないかという反省は全くないのだろうか。

空振りでもいいから注意喚起は重要というのが、当事者の意識のようだが、私が疑問を抱くのは、最近数年の大きな被害をもたらした自然災害を思い起こすと、そのほとんどが、今回のような極度の警戒を呼びかけたものではなく、ほとんど無警戒な時に起きるということである。

詳しく細かい情報をもとに書いているわけではないので、残念ながら、具体的なことが書けない。
そこで次のことだけを提言しておきたい。

台風情報において、テレビ、ラジオは、気圧について、現行のような、最新の数字だけを出すだけのでなく、併せて直前の数字も表示し、推移・傾向を視聴者が見られるように改めるということである。
気圧 985HP
というふうに、今はなっているが、それを以下のようにするのである。
①案=気圧 985HP(970HP)
②案=気圧 970気圧→985気圧

このようにすれば、ああ気圧が上がっている=台風の勢力は弱まっているなと分かる。
今回の台風10号など、本土上陸の前は965HPだったが、テレビでは気象予報士の方が、「今後勢力を強めて」と繰り返していたが、その後、いつ見ても965HPは変わらず、そして今日になって先ほどみたら、いつの間に978HPにまでアップ(勢力を弱めた)しているではないか。
野球の中継ではないんだから、いつまでも「まだまだ分かりませんよ」などと言い続けていないで、「かなり勢力を弱めましたね」とか、言ったらどうだと言いたいわけである。
こんなことが言える豪胆な方はいないだろうから、それならせめて、上記のように、気圧の変化をテレビ画面(ラジオの音声)で明示するようにしては、という提案である。

株価表示の手法として「4本値」というのがある。
始値 高値 安値 終値
という4つの株価を、この順に示すものである。
もちろん日足、分足などのチャートもある。
台風の気圧もこうした工夫に学び、例えば折れ線グラフで示し、一体、なお勢力拡大中なのか、峠は越えたのか等が一目で分かる表示方法にしてもらいたいものだ。
食事をしてニュースを見ていたらまた2HPアップして980HPになっているではないか。
それでも、やれ土砂崩れがとか言って警戒は怠れないと強調、気圧がいつの間に980HPにまで上がったことには、決して触れない。困ったものである。

8月15日 22時42分記

お詫び=パソコンのキーボードが酷使のため、Y、E等、打ちにくくなり、誤植大量発生の原因となっています。
気象庁と打ったはずが気相当になったり(Yを入れると正解に)します。この辺を頭においておかしなところは修正いただければと存じます。
高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違えによる重大事故の多発を受け、その防止をめぐって、議論が活発になっている。
両足運転(右足でアクセル、左足でブレーキ)にすればいいという意見は、相変わらず出てくるが、これまた相変わらず否定派が多く、ほとんど顧みられず、葬り去られようとしている。
両足運転派の私としては、こうした現状にイライラが募るばかりで、あえて、これを書いている。
考えれば考えるほど、両足運転優位は確実と思え、また両足運転は全運転者に福音となると思うからである。

細かいことを書くと切りがないので、以下、些末と思えること(片足運転派からのいちゃもんとしか思えないような両足運転批判)
は省き、重要ではっきりしていることに絞って書くとしよう。
なお、私は何十年来、両足運転であり、周辺には私を含め5人の両足運転者がいる。この5人はそろって両足運転礼賛者であり、また、そのマスターもごくごく簡単だったと言っていることを書いておこう。

【両足運転(左足ブレーキ)の利点】

①アクセルとブレーキを踏み間違えることはまずない。
アクセルとブレーキを同時に踏んでしまう恐れがあるんではという意見があるようだ。そんな事は、私や周りの人はしたことがないので答えようもないが、万一そうしてもブレーキが利くので車は止まるらしいので、少なくとも片足運転よりはるかにいい。

②とっさの時に即座にブレーキを踏めるので、片足運転に比べ事故を防げる可能性が高まる。
左足は常に、ブレーキペダルの上または近くのフットレストにあるのだから、左足は盲腸のように無用の長物として遊んでいて右足はアクセルペダルの上にある片足運転より早くブレーキを踏めるのは、論を待たない。

③運転が非常に楽になり、ストレスが大幅に減る。
いつでもすぐブレーキを踏めるという安心感・自信が持てるので、精神的に楽なのである。また渋滞時等は片足運転に比べ物理的に楽である。

④ギアが思っていたのと違って入っていた時でも、ほとんど問題ない。
車によってギアの切り替え方法が全く違うが、私など、今の車は右手でハンドルの根本辺近くから出ている細長い棒を下げたり上げたりしてギアチェンジするのだが、時たま前進しようとするのにバックに入れてしまったりする。
急発進・急バックはしない癖をつけていることでもあり、こういうときでも、すぐブレーキをかければいいので、ほとんど問題ない。まあ車が10センチ以内動く間にブレーキがかけられ停止できるのである

⑤これは④で書いたことに通じるのだが、万一、ブレーキとアクセルの踏み間違いをやってしっまったとしても、報道される事故のように、猛スピードで走って重大事故を起こすというようなことになる可能性は非常に小さい。すぐにブレーキを踏める可能性が大きいからである。

【片足運転派の言い分の間違い】

両足運転是か非か議論に関して書いている両足運転派の人は、片足運転も経験済みの人と見てまず間違いない。
ところが片足運転派の人の場合、その主張・意見を読んでいると、これは恐らく両足運転を全くやったことがない(その論は机上の空論の可能性大ということになる)か、少しやってみたが完全マスターする前に何らかの理由でやめたかの、どちらかがほとんどと思われる。

その根拠を示そう。
両足運転だと、ブレーキペダルにいつも足を置いているのでやたらとブレーキランプを点滅させることになる。だから迷惑だ、過剰使用でブレーキの利きが悪くなり危険 というのは片足運転派の一番主張するくらいの論である。
例=ブレーキペダルの上に足をおいてる場合、ちょっとでもブレーキペダルに触れればブレーキランプが点灯するため,自分では踏んでいる意識がなくても後続車の危険を誘発する恐れがある。

私は、そんなことはない(足をブレーキペダルの上に置いていてもブレーキランプが点滅したりしないだろう)と思いつつも、確認はしていなかったのだが、最近買い替えた車にはブレーキを踏むと後方で上部にも赤いランプがつくものになり、簡単にブレーキが踏まれたかが分かるようになったので、はっきりした。私にしろ、同じく両足運転の妻にしろ、ブレーキランプが意図せずに点くことなど皆無なのである。ブレーキペダルには遊びがあるから、よほど不慣れな方が慢性的に強く踏んでいるのでもない限り、起こりえないことがはっきりしたわけである。

このほか、自動車教習所でそう教えるのだからとか、世界各国がほとんどそうなのだからとか、ブレーキペダルの位置が左足操作用になってない(だから腰痛を誘発する)とか、書きだすときりがなく、そのほとんど(もしかしたら全部)が空理空論なわけだが、一応、簡単に反論を書いておこう。

自動車教習所の場合、教習員自体が両足運転ができない人がほとんどのはずだから、突如、両足運転を教えるとか、どちらでもいいからと指導するとなると、パニックを起こす。格別、根拠があって片足運転優位を説いているわけではあるまい。
世界各国の事情に精通して、これに関して書いているのを見たことがないので確たることは言えないが、以下のことは言える。
少なくとも、アメリカではそれなりの人が両足運転をしているようだ。アメリカには日本の自動車教習所のようなものがなく(教えてくれるところが全くないわけではない)、各自、運転免許所有者から運転を始動するなどしてもらい、簡単な試験で免許が取得できるので、また日本人のような過度の遵法精神もないので、いろんなやり方を各自やっているということだろう。
私の知っている人で、アメリカ暮らしが何年かある方で、両足運転の方が2人いる。この2人とも、アメリカ暮らしの中で両足運転になったのである。
私は30年以上両足運転をしているが、それが原因の腰痛など経験していないし、周りの両足運転の人にもそういう事例はない。

以上のようなわけで、両足運転のメリットは絶大であり、本稿を読まれた片足運転の方は、ぜひとも、両足運転にチャレンジしていただきたいものである。
どうして両足運転へのハードルがかくも高い(私が勧めてもやってみた方はほとんどいない)のか疑問だが、実際やってみれば分かるが、こんな簡単なことはないと思えるくらい簡単である。長年の修練などと書いてあるのを見て笑ってしまったが、とんでもない誤解である。細かいことは覚えていないので、やや雑な書き方になるのはお許し願うが、1日でマスター(もしかしたら1時間以内)できると言っても過言ではないかと思えるくらい簡単なことである。
とりあえずは車庫入れの時にやってみるといいだろう。細かい動きが可能で感動されるだろう。
そのあと、もう少し広いところでとなるが、例えばスーパーなどの駐車場で空きの目立つ時間帯に練習するとか、朝方、通行のほとんどない広い道でとかでやってみるといいだろう。
というか、そんな大仰なものではなく、あっと言う間にマスターできる。
そして、マスターした人で、その後片足運転に戻った人は皆無と言っていいのではというくらい、そのメリットに感動するはずである。

マルクス経済学は、経済理論としては完全に間違っていたわけだが、長らく命脈を保ち、間違いが認定されたのは、比較的最近である。片足運転というのも、マルクス経済学と同じく、馬鹿らしいやり方、マニュアル車時代の遺物だったと、人々が分かるようになるのはいつのことだろうか。その前に自動運転になってしまうかと思うと暗然たる思いがする。

7月06日 19時05分記






昨日、一昨日とヤマモモなどの剪定をしたら、体の節々が痛く困ったものだ。
少し片付けものをしていて、目に入ったのが茶色い封書。ほとんど読まず、あとでゆっくり読もうと思っていたものだ。差出人の名前もないちょっとおかしな郵便物だが、確か「ガラガラドン」の坂上さんからのものである。

読んで捨てよう(失礼)と思い、読み始めたら(いろいろな書類が計8枚も入っていて、全容がすぐには分からなかったのである。)話は深刻である。なんと運営難で危機に瀕しているというのだ。しかも私が長く、気にしながら放置していたため、この会報等の発行日は5.20日と4ヵ月も前である。
放置してSOSに気付かなかった懺悔の気持ちも込めて、今、これを書いている。

坂上さん(坂上和子氏)は「NPO法人 病気の子ども支援ネット 遊びのボランティア」(通称ガラガラドン)理事長で、28年前から、入院時の子供の支援等に献身的に取り組んでこられた方である。
スタート時は入院児の遊びが主な役割だったが2010年「ハウスグランマ」を開設、退院後も視野に入れた支援を開始、さらに18年には「お母さん食堂」も開始した。こういう事務局だよりを読んで、順調に活動の幅を広げて頑張っておられるなあと喜んでいたら、一気に話は暗転。
2017年収支決算が掲載されていて、収入395万円、支出700万円とある。おいおい、どうするんだ!と思ったら
「この拠点(病院近くのボランティアの活動拠点)も財政難でまもなく閉じなければなりません。大切なこの拠点を私たちはなんとか守りたいと思っています。どうか皆さん、私たちに知恵と力を貸してください。」(坂上氏)とある。
さらに会計担当の方の以下の文章もあった。
「現在NPOの運営はたいへん苦しく、このままでは1年後につぶれます。(中略)どうか皆さんご支援ください。」

私は坂上さんとは面識もなく、単なる1支援者に過ぎないが、坂上さんが、無私の精神で、この活動に長きにわたって取り組んでこられたことはよく知っている。こんなことを書いてはどうかとも思うが、、ある意味ではおそらくは自らの生活も犠牲にして、28年もの長きにわたって、病気の子供たちのために、まさに献身的に頑張ってこられた方だと認識している。

そうわけで、まったく当ブログとは関係のないことながら、坂上さんの活動がなんとか継続できるよう、わずかなりともお力になりたく、これを書いた次第である。
読者諸氏で、ご賛同くださる方、意のある方のご支援を賜れば幸いである。

「NPO法人 病気の子ども支援ネット 遊びのボランティア」の詳細についてはネットで調べれば簡単に分かる。

事務局 病気の子ども支援ネット 遊びのボランティア
新宿区若松町10-1 YSビル302 TEL 03-6380-3115
銀行口座=三井住友銀行深川支店 普通3790894
郵便貯金口座=記号10040 番号97720491
口座名=病気の子ども支援ネット 遊びのボランティア

9月24日 12時16分記
最近、テレビ、新聞等で、立て続けに、言葉関係で興味をひかれたことがあったので、ここで、まとめて書いてみたい。

⓵「総理」と「首相」
>加計問題で一貫して「挙証責任は文科省にある!」などと主張してきた高橋洋一氏は、“官僚は「首相案件」ではなく「総理案件」と言うはず”と主張し(以下略)(LITERAより)

>“「首相案件」ではなく「総理案件」と言うはずだから信憑性は低い”という指摘は、下村博文元文科相や『プライムニュース イブニング』(フジテレビ)キャスターの反町理氏や田崎史郎氏も同様に語っているが、明らかなインチキ。元文部官僚の寺脇研氏なども指摘していたが、むしろ「総理」は口語として使われる言葉で、文書化の際には「首相」とするのが一般的なのだ。(同)

どうであろうと、あの文書の信憑性に変わりはないと思うので、こんなことを問題にすること自体ナンセンスと思うが、ここで論じようとしているのは、そういうことではない。
テレビで字幕を見ると、画面で話している言葉を言い換えたりしていることがままある、字数節減のため妥当なケースも多いが、意味もなく言い換えていて問題のあるケースも珍しくない。
一例を挙げると、麻生さんが佐川さんについて話しているとき「佐川」、「佐川」と呼び捨てにしているのに、NHKなどは「佐川元長官」などとするのである。石原慎太郎氏など、その人の尊大さ丸出しで人を呼び捨てにしている場合、ちゃんとそう字幕で出さないといけないのに、そういうケースでも敬称等を付ける場合がほとんどなのである。

ついでに言うと「食べれる」、「見れる」などの、いわゆる「ら抜き言葉」をインタビューなどで一般人が話すと、ほぼ100%、テレビでは「食べられる」、「見られる」と字幕では表示される。
誰か「ら抜き」でなく話す人は現れないかと長年思っていたら、数年前、ついに「見られる」と言う方が出現した。
そうしたらどうなったか?「見れる」と字幕では出たのだ。唖然とするしかない。
「ら抜き言葉」はけしからんとその撲滅に命を懸けているのかと思っていたら、このざまだ。

話を「総理」と「首相」に戻そう。
これは「ら抜き言葉」のようには100%ではないが、それでも80%以上、「総理」→「首相」、「首相」→「総理」と、言い換えられる。
字幕を作成する人は、よほど暇で退屈で、こういう変換を唯一の楽しみに、仕事をしているのだろうかと、疑いたくもなる。
しかし、安易にこういう言い換えをすることは、問題が大きい。愚直に可能な限り、そのまま伝え、変える場合は、大いに慎重であるべきだ。
菅官房長官が、前川前文科事務次官について「地位に連綿」と発言したのを、「地位に恋々」と書き替えるのは、忖度なのか何なのか分からないが、問題だろう。麻生さんのように「みぞうゆう」などと言われたら、どう画面で表示するか大いに悩ましいが、菅さんの場合は、そう頭をひねることではない。「連綿(恋々のつもりか)」、あるいは「連綿ママ」(ママ=校正記号=は小さく表示)とでも表示すればいい。

【劣情】
 「総理夫人を国会に呼んできて公開裁判みたいにいじめて泣かしたいという劣情ですよ」。 (フジテレビ上席解説委員・平井文雄氏)
司会者が「野党の?」と聞くと彼は「国民の、ですよ。憂さを晴らしたい」と答えた。 (3.18日のフジテレビより)

これには耳を疑った。難聴気味のため聞き違えたかと思い、妻に確かめたが「劣情」と確かに言ったという。
劣情、昭恵さんに劣情?

国語辞典では、「劣情」をどう書いているか。「いやしい情欲」(岩波国語辞典)、「いやしい情念。情欲。肉欲。」(新世紀大辞典)などとなっている。
広辞苑は⓵いやしい心情。②肉情、情欲。としており、平井氏は⓵の意味(今では通常、こういう使い方はしないだろうが)で使っているわけであろう。
言葉の使い方としては間違いではないにしても、こういう状況で昭恵さん擁護のために「国民の劣情」とテレビで発言する太っ腹にただただ唖然とするしかない。

私は百科事典の編集の仕事が終わったら、国語辞典を編集したいという願望があった。これについては、機会があれば書いてみたいが、ここでは私が編纂したいと考えている国語辞典風に「劣情」について書いてみる(例文も加え)と

「劣情」
異性に(主に男性が女性に)対し抱く性的にみだらな気持ち。主に法的あるいは道義的に問題があるような場合に用いられる。
「被告は被害者女性Aさんに-をもよおし」

【余裕で屈する屈する】
『週刊文春』の最新号でBSフジ「プライムニュース」の松山俊行氏の愛人スキャンダルが報じられている。
文春が手元になく、例によって記憶で書いているので、やや不正確なのはお許しを。
愛人スキャンダルは、ここではどうでもいいのだが、彼が、愛人に、政権か何かから圧力があったらと聞かれ
「余裕で屈する屈する」
と答えたというのだ。
思わず笑ってしまった。「余裕で」の使い方や「屈する屈する」という言い方に対してだ。
しかし笑っている場合ではないだろう。いかにフジテレビとは言え責任ある立場の人物の言葉だ。ここまで惨憺たることになっているとは。

4月14日 21時42分記