イギリスのEU離脱の国民投票は離脱が「わずか」ではなく「少し」差を付けて離脱となった。
前日の欧米各国株の上昇、世論調査の数字、さらに24日朝のヤフーニュース(残留必至かと思わせる内容だった)等からすると、なお不安は残すものの、残留派勝利が濃厚という雰囲気が24日、8時くらいまでは満ち満ちていた。言うまでもなく、世界の株式市場も基本的には残留派有利とみて動いていた。しかし、結果は違った。

とは言え、私が繰り返し書いて来たように、世論調査の数字は分かれており、どうもどちらが勝つか読み切れない、残留派が勝っても上げは限定的だろうが離脱派が勝った場合は下げは激しいということからすれば、やはり持ち高はできるだけ少なくしておくにしくはないのであった。
有言実行の私は、それなりにそうしてきたわけだが、それでも、それなりにダメージは大きい、ただ、金策に走らなければというほどでないのは、もちろん、それなりの余力は残し、次なるチャンスを狙える程度の軍資金は残している。
読者諸氏の場合も、さほど悲劇的でないことを願う。

いずれにせよ、海外のことは、日本のことと違って一段と読みにくい。それなりに信用できる世論調査かと思うと、どうもそうではないようだ。どういう調査なのかも日本のマスコミは伝えない。1例を挙げると、あとで分かるのだが、それがネット調査だったりする。日本の場合で言うとネット調査がいかに当てにならないかは、常識のある人ならよく知っている、いなければならないことである。

さて今後の見通しである。
その前に、今回のEU離脱による各国株の下げである。
テレビ、新聞等は、各国の下げを大変なものと伝えるが、どうも、おかしな自分たちの持つストーリーに導こうとしているかのようで、信用してはいけない。
以下に、主要国の代表的指数等の下落率を示す。

日本=7.9%

イギリス=3.2%
ドイツ=6.8%
フランス=8.0%

アメリカ=3.4%

中国=1.3%

23日の欧米各国株は、そろって日本株を上回る上昇率だった。ドイツ(DAX指数)などは5日続伸、約2週間ぶりの高値を付けていた。アメリカ(NYダウ)も18000ドル大台を回復していた。こうしたことを考慮すると、日本株(日経平均)の下落率の大きさが目立つ。
またマスコミは無視したがるように見えるが、アメリカ、イギリス、中国の下落率の小ささも際立つ。

こうしたこともあってか、CME日経平均先物は15115円と、24日の東証終値比で163円高である。
為替相場が、日本市場で24日、一時99.00円まで円高になったが、その後、やや落ち着きを取り戻し、海外での最新値は102.22円である。
順調にいけば、27日の日本株は、ある程度反発することが期待されるが、複雑に要因が絡み合うのでふたを開け、そして閉めるまで予断を許さないのも言うまでもない。

イギリスのEU離脱が、今後どう進むのか、これ自体が、どうも誰にもよくは分からないようだ。ここで専門外の私があれこれ論じてもしようがないうえ、大変なのでやめるが、いずれにせよ、一筋縄ではいかないのはほぼ確実だ。離脱手続きを残留派は引き延ばそうとし、EUは急がせようとする奇妙な構図になりそうなのである。
国会では残留派が大きく上回るというし、国民投票やり直しの請願への署名も殺到しているという。
離脱に向けては、離脱の意思通達後、まず2年間の交渉となるが、離脱派は「2020年の総選挙までに離脱や新協定の交渉を終えればいいと考えているようだ」(日経6.25日朝刊)というから、今後どんな紆余曲折があるか分かったものではない。
TPPでは音頭を取って各国をせたてた当のアメリカが承認手続きに入るどころでない醜態を演じている。
とは言え、イギリスでごたごたして離脱がスムースに進まなければ株高になるわけではなく、離脱の先行き、株価の見通しとも、現段階では茫洋としているわけである。
取り留めのない話になってしまったが、とりあえずは、こういう状況を踏まえつつ、今後の為替相場の行方、株価動向を注視、慎重に対処していくところだろう。

6月26日 23時41分記
私にしては珍しく2日半も家を空け、先ほど帰宅。
過酷な労働もあったせいか、頭脳が異常をきたし、明日は株だ!とすっかり思い込み、株日記を書き出したのだが、日にちがどうもおかしい。それでようやく、今日は日曜日、明日はまだ休みというショッキングな状況に思い至った。

それで、株日記を中断、とりとめのない話を久しぶりに書くことにした。

【メタセコイア】

21日は道志に行く途中、愛川ふれあいの村(神奈川県愛川町)に行った。メタセコイアの黄葉を見たかったのだ。ここにはメタセコイアのちょっとした並木があり、1ヵ月ほど前、たまたま立ち寄って、その雄姿に感激したのだ。それで、その時ふと思い出した。1年くらいも前、数10センチの木を買ったのだが、あれがメタセコイアではなかったか!タグを調べると、まさしくそうだった。これは秋に葉が枯れ落ちたので、てっきり枯れたと思い落胆していたのだが(実際ある知人は、この木ずくずく大きくなるのよね、結局枯らしちゃったと言っていた)、万が一を思い(軽々に断定しないというのは我が処世訓でもある)、水やりはある程度気にして行なっていた。そうしたら春また葉を出したのには驚かされた。知人はこれに騙されたのだろう。

メタセコイアはヒノキ科(またはスギ科)であり、1939年、三木茂博士により、新生代第三紀層で発見され、41年「メタセコイア」と命名されたわけだが、「メタ」は「変わった」という意味だという。「セコイアは常緑種だが、メタセコイアは落葉樹と推定した」(三木博士)というから、私が常緑と思っていてもおかしくないわけだ。
その後、現存することが確認され「生きている化石」と呼ばれたりするわけである。ムカシトンボ、カブトガニ、大賀ハス・・・・

メタセコイアの並木というのは、結構有名のようで、人気もあり、「メタセコイア並木の画像(166000件)」とネットにあり、自らの無知を恥じたことだった。
一番のメタセコイア並木は滋賀県高津市マキノ町にあるものらしい。2.5キロメートルもあるというから往復すると1時間もかかることになる。画像を見ると確かに素晴らしい。来年は行ってみたいと思ったことである。
それはそうと、うちのメタセコイア、そんなに大きく(40~50m)なってはと、道志に持って行って植えたのだが、うっかりしたことにすぐ下がコンクリートになってしまうところに植えてしまった。早く別のところに植えて勇姿を見てみたいものだ。

【ネルソン・デミルを読む】

道志では里芋を収穫(発酵鶏糞投入が奏功、1株で20個も収穫)、帰宅後味噌汁に入れて食したわけだが、スーパー等で売っている物とは別物の絶品だった。
エアコンの基盤に何とカメムシが入り込み故障(さらに言うならサンヨー製のため部品無し、修理不能と最近判明(デミル風に言えばクソサンヨーめ)。久しぶりに薪ストーブを焚いて暖を取り、ネルソン・デミルの『ナイトフォール』を読んだ。と言っても、もう1ヵ月以上前からなのだが。上巻524ページ、下巻443ページ。
デミルはアメリカの人気作家だが、ウィキペデアには作品名以外ほとんど記述がないというおかしな状況だ。これが例えばみのもんただと延々果てしなく書かれているのだから、いったいどういうことなんだと言いたくもなる。
それはさておき、デミルは私は数年前、『チャーム・スクール』を読んで面白く、以降『ゴールド・コースト』、『プラムアイランド』、『将軍の娘』などを読んだ。

いずれもそれなりに面白かったのだが、今回の『ナイトフォール』は、冗長で、なかなか面白くならない。いっそやめようかと思うのだが、何事も最後まで頑張るというのが私の長所だ。息子に聞かせてあげたい(この2文もデミル風)。

前置きが長くなったが、私がここで書こうとしているのはデミルの小説についてではなく、デミル始め欧米人の著作の長さについてである。
一体全体、どうして彼らのはああも長いのだろう。カストロの演説とかも確か長かったような。
シドニー・シェルダンは世界的ベストセラー作家と言っていいだろう。全作品の売り上げ総数は3億部を超えるという。日本でも大いに売れた。しかし、実は彼の作品は、日本では最初はあまり売れなかった。なんで売れないんだと激怒したのかまでは知らないが、シェルダンは、出版元を名門・早川書房から無名のアカデミー出版に変えた。それからは大ベストセラーになったわけである。
なぜこういうことになったか?
それはアカデミー出版版では、「超訳」と称して、細部の描写等をばさばさカット、筋を素早く追えるようにしたからだと思われる。
これにかみついたのが同じく名門・文芸春秋。確かアメリカのシェルダンの自宅まで記者か誰かが押しかけ、あなたの作品はこのようにずたずたにされてますがいいんですかとお伺いを立てた。そこで返って来た言葉は・・・・
昔読んだ週刊文春の記事を思い出して書いているので、正確でないのはお許しを乞うが、いずれにせよ、シェルダンは赤塚不二夫風に言えば「それでいいのだ」と答え、文春は唖然という結果に。
要するに、原作はなかなか情緒のある文学的作品なのだが超訳では、ただ筋を追うだけのありきたりの表現にされていて、こんなことを知ったらシェルダンは勝手な改ざんは許さんと怒ってくれると文春は思い込んでいたのに見事に裏切られたのである。

P.A.サムエルソンの『経済学』(確か管直人氏が首相在任中、国会の質疑でこれを読んだかと聞かれ、苦笑いしながら始めの方は・・・だかそういった類の返答をした)も、やけに長い。上下計(索引とも)1213ページ。私は有り体に言えば、株に熱中し経済学の専門書はほとんど読んでいないのだが、この本は最後まで読んでいる。大学入学早々で向学心に燃えていたのだろう。その感想は冗長。経済学の入門書として最高の本ということだった(当時)が、質は別として、どうして1213ページも必要なんだ、500ページで書けるんでは、というのが、当時の私の感想だった。

そう言えば、私達が子供時代読んだ『ああ無常(レ・ミゼラブル』」とかなんぞも、激しいダイジェスト版だったりするのであった。

それにしては、小説は日本人のが長いではないかという反論が聞こえて来そうだ。
古くは中里介山の『大菩薩峠』、下っては山岡宗八の『徳川家康』、そして最近では栗本薫の『グイン・サーガ』(一説には世界一長い小説と言う)である。しかし、これはちょっと違うのではないかと思う。短くうまく説明するのは難しいが、長く書こうとすればいくらでも長くできるものが長くなっているだけなのではないかということである(と言っても私は『大菩薩峠』以外は読んでいないのだが)。

なぜ欧米人の著作が長いのかであった。
良くは分からないが、結局体力の差かというのが、今のところの私の暫定的結論である。

11月23日 0時52分記

以前の家より収容力が増大したのをいいことに、「断捨離 」反対を掲げ、本や雑誌を溜め込んで行ったら、徐々に徐々に溢れ出て放置できない状況になりつつある。昔(20歳代前後)、恥ずかしげもなく書きなぐったものとか手紙類も、ごちゃごちゃなっていて、なんとかきれいに片付けたい。

それで整理に取りかかって、かなり捨てる本を選び出し、書棚等も多少はすっきりしたのだが、すっかり忘れていた手紙(友人からの物)が抜き身であって、つい読んでみた。

相変わらず「遅刻」と「偏食」の日々と推察しますが
としたうえで「読む本がなくて困っている」ので、「かねて尊敬するペダンティックな鎌倉兄に」「何かいいものがあったら紹介」してくれといった内容だった。

そう言えば彼に福永武彦の「風土」(か「死の島」)を読んだらと勧めたことがあり、その一事でどうも買いかぶられたようなのだ。
彼の方がよほど読書家のようで、私は福永なら、そういう重いのではなく「草の花」のような軽いのが本当は好きなのだが・・・

実は林真理子がおじさんが電車で読んでいるのは図書館の本ばかりとかおじさんは時代小説しか読まないとか書いている(最近発売された『週刊文春』の「夜更けのなわとび」)のを、かの友人の文章を読んで思い出し、これを書いている。

おじさんが図書館の本ばかり読んでいるのは、お金がないとか節約のため(そういう風な書き方だったように記憶する)というのは、かなりずれている(少しは当っているのは認めてもいいが)のではないかという思いがあり、これについて書きたかったのである。

人間、年を取ると回顧的になり、新しいことには個人差は大きいにせよ、大なり小なり抵抗感が強くなる。小説、音楽なども現代の物より昔の物がいいとなりがちだ。
ところが書店に行っても、そういう古い本は基本的に置いてない。ただし都心の大型店などに行くと、結構私も手を出すようなものも置いてあったりするが、そういう大型書店は都心以外にはほとんどない。
かくておじさんたちは図書館で本を探す仕儀になるというわけである。

私は日本推理作家協会編の「ミステリー傑作選」を長年愛読してきた。これはある年の推理短編から精選した短編から構成されている(毎年1冊刊行)。そこそこ面白いので、古いものはブックオフで買ったりもして、ほとんど漏らさず読んで来たわけだが、それがここに来てどうもおかしい。2005年くらいから、読めないのである。感性の違いとでも言うしかないのだろうが、いずれにせよ、面白くなく体が受け付けないのである。
そう言えば妻も同じようなことを言っていた。彼女は、私などと違って新らし物好きで話題作などに飛びつく方である。だから今年の芥川賞受賞作の「火花」、「スクラップ・アンド・ビルド」も早速『文芸春秋』を買って来て読んでいた。
読み終えても黙っているのでやはりなと思いつつ感想を聞くと「読後感が良くない」と言う。そう言えばこの人は3年前には「abさんご」(私などは題名で忌避してしまう)も苦労しいしい読み切っている!あの時も読んで損したと嘆いていたのを思い出した。

「大活字本」を愛読していると言っていた友人もいた。実は私も結構大活字本は読んでいる。ご存知ない方のために書くと、大活字本は目の不自由な方用に少部数印刷され主に図書館に置かれている大きな活字の本である。と言って友人も私も目が悪いわけではない。大活字本には、過去の有名な小説に加え、意外な作品が収録されていたりするからである
私は比較的最近これで井上靖の「流転」(作家としてデビューする14年前に書かれた時代小説。千葉亀雄賞受賞)や藤原審爾の「秋津温泉」を読んだ。「流転」は井上靖の才能の片鱗を見せてはいても彼の後年の歴史小説の傑作とは比ぶべくもない作品だったが、それでもああこういう作品だったのかと分かってよかった。「秋津温泉」は文学的評価は知らないが、個人的には久しぶりに自分にぴったりの面白い作品を読めて大満足だった。

いずれにしろ、私や私と同世代の男(女もそうかもしれないが)は、「読む本がなくて困っている」。

ちょっと期待しているのが、集英社創業90周年企画と銘打って、最近(5月から)刊行が始まった「冒険の森へ 傑作小説大全」だ。
>読書の愉悦にあふれた「冒険の森へ」が誕生、本当に面白い小説を選出。
とあリ、これまでの文学全集では無視されて来たような作品も数多く選ばれている。。
水谷準(卓球選手ではない)の「お・それ・みお」、橘外男「マトモッソ渓谷」、蘭郁二郎「地図にない島」など、『新青年』(私がこれの愛読者であることは以前に書いた)で活躍した作家の作品もある程度収録されている(残念ながら私はすべて読んでしまっているが)。
坪田譲二の「森の中の塔」などというのは一体どんな作品だろうと興味をそそられる。言うまでもないが坪田は「善太と三平」などの児童小説で知られる作家である。
北杜夫の「推奨株」も読んでみたい。佐藤愛子の本で北の株好きは知っていたが、こんな小説があるとは寡聞にして知らなかった。

清水義範の作品が「永遠のジャック&ベティ」など最低5作品も収録されているのには驚いた。最近、知人と話しているとき「バール」が話題になった縁で、図書館で借りる本を探しているとき「バールのようなもの」という清水の本が目に飛び込んで来て読んだ。以前「国語入試問題必勝法」なども読んだことがある。いずれもそれなりに面白いが、それ以上ではない。編集委員の好みなのだろうが、もっと面白いものがいくらでもあるだろうにの感を抱いたわけである。

入れて欲しかった作品をほんの一部だけ書かせてもらって終わりとしよう。

香山滋「海鰻荘奇談」
渡辺啓介「偽眼のマドンナ」
渡辺温「可哀想な姉」(「兵隊の死」が収録されている)
国枝史郎「八ヶ嶽の魔人」(または「蔦蔓木曽桟」)
戸川昌子の作品から何か。

9月26日 23時05分記

相場については27日に書きます。
投資尺度で最も重視すべきなのはPERだというのは、私の変わらぬ考え方であり、ゆえに私はこれをもとに種々改良を加えた鎌倉式修正PER理論を考案、普及を図ってきた(積もりな)のだが、何十年経っても、親の心子知らずというか、おろかな人が多いのか、私が無力だから(まあ、これに決まってるだろうが)なのか知らないが、全く事態は変わらず、相も変わらずPERの算出法すら理解できていないのではと疑わざるを得ない記事が氾濫している。

そういう事例を、この3ヵ月足らずで立て続けに3例も見せられたので、たまらず、これを書いている。

【事例1=元スーパー投資顧問・・・・の場合】
2013年5月08日付けで2481タウンニュース社を取り上げている。

>株価を見てみましょう。
460円、実績ベースでPER13.1倍、PBR1.1倍、配当利回り2.17%ですね。
市場平均よりは割安なものの、成長を考えると13.1倍ってのは微妙な所なのではないでしょうか?13.1年後に元を取れる(配当は別で考えてね)って事なので。(中略)
私の投資判断は「保留」となりました。

どこがおかしいか?

「実績ベース」のPERで、株価の割安・割高を判断してはいけない。確かに同社の2012.6月期の1株利益35.1円で計算するとPERは13.1倍になるが、2013.6月期では1株利益は53.8円(会社発表の数字)になりPERは8.6倍に大きく低下する。
しかも、この記事が書かれたのが5月なので、2ヵ月足らず経つと2013.6月期は前期になる。こういう場合、むしろ2014.6月期の方を重視すべきである。2014.6月期の1株利益は四季報予想で56.2円だからPERは8.2倍になる。
なお、1株利益は、全て名目値を使って算出されているが、鎌倉式修正PER理論に従って実質値(純利益は経常利益の6割とみなして算出)を算出、PERを計算しなおし実質PERを出すと、
2013.6月期=7.8倍
2014.6月期=7.4倍
要するに、この方がPER13.1倍として「微妙」(13.1倍はJQのこういう業種の銘柄としてはかなり割高と判断すべきと私は考えるが)としたのは、実際は7.8倍なり7.4倍になり、これをもとに常識的には「やや割安」と判断するところだったのである。

【事例2=梅屋敷・・・・の場合】
このブログの場合、「タカちゃん作成」なる「世界各国のバリュエーション表」(2013年5月版)(寄稿)が掲載されていて(6月19日付け)、それがおかしいということである。
この表には世界の主要国ほとんどのPER等が掲載されていて、こういうものは意外に、ほとんどお目にかかれないものなので、私も驚き喜び、利用させてもらおうかと見たわけである。

どこがおかしいか。

この表を見ると、一番上に日本があり、PERは24.6(倍)とある。ちなみに米国(アメリカ)17.0(倍)、ドイツ12.4(倍)である。こうした主要国のPERについては、私も過去何回か書いているので、読者の方も、これのおかしいのには気付かれた方も多かろう。いつ時点でいくらまでは、ほとんどの方が分からないだろうが、日本のPERがアメリカのPERと大差ない水準で、ほぼ推移しているというのは、理論を重視する投資家には、ほぼ常識であろう。だからアメリカ17.0倍に対し日本24.6倍というのを見たら、即おかしい!と反応できないといけないのである。ちなみに7.19日現在の日本のPER(東証1部全銘柄)は16.91倍である。

では24.6倍というのは何なのか?これは恐らく前期実績に基づくPERであろう。実際調べたら24.59倍、四捨五入で24.6倍だった。
しかし株式投資に当たってPERに前期実績値を使う人はまずいない。それより何より、アメリカやドイツの数字は今期予想値で間違いない。要するに日本だけ(ただしこの3カ国以外で今期予想値でない国があるかどうかまでは未調査)前期予想、アメリカやドイツは今期予想のPERのわけである。
しかし、せっかくの表なのに、こうした致命的ミスを犯し、しかも誰も気付いていない(少なくとも、そういう指摘・苦情が届いていないらしい)のは、恐ろしいことではないか。

【事例3=日経新聞の場合】

7月18日付け朝刊の「市場展望」という欄で「新興市場銘柄の株価上昇率」という表が掲載されている。
18位にランクインしているのが、我が?ブレインパッド(推)。
それはいいのだが、予想PER138(倍)とある。なんだ、この138倍!と驚いた。

どこがおかしいか?

私は7月14日付けの記事で、以下のようなブレインパッドの実質PERを掲載している。
 
          2013.6月期   2014.6月期
ブレインパッド   55.0倍       33.0倍

この違いは、どこから来ているのだろう。日経の場合、当然1株利益は名目値を使い、PERも名目PERであろう。そこで今期(2014.6月期)の名目1株利益29.9円を使ってPERを算出すると
1855(円)÷45.5(円)=40.8(倍)となる。
ウーム、理解不能・・・・
さらに推理を進める。例の自己株のせいか。しかし同社にはそういうものは無く、このため四季報と会社情報(日経発行)で、1株利益に差は無く、このためでないのは明らかだ。
詳しく書くと長くなるので、結論だけ書こう。
失礼ながら、これはこの記事を書いた記者氏が、事例1や事例2のレベル並みかそれ以下という推定で導き出されたとして推理してみた。

日経記事掲載の7.14日時点で今期は2014.6月期のわけだが、記者氏は2013.6月期、いやもしかしたら2012.6月期の数字を使用したのではないか。この場合、PERは2013.6月期の場合で62.0倍、2012.6月期の場合で63.3倍。ところで、同社は2012年末に1株を2株にする株式分割を行っている。このため1株利益は、これを考慮すると2分の1になる。この処理方法が、時代により会社(東洋経済、日経新聞等)により異なりやっかいなのである。
実際、2012.6月期の1株利益を、同じ純利益に基づきながら四季報は29.3円、会社情報は58.5円としている。四季報は株式分割を考慮、過去にさかのぼって1株利益を修正しているが、日経は例によって手間隙コスト重視で(私の推定、邪推?)修正を加えていないわけである。ここからが鎌倉先生の凄いところなのだが(笑)、記者氏は、株式分割したのだから1株利益は半分にしなくてはいけないと考え、自社のではなく秘かに信頼する東洋経済の四季報を見て(2012.6月期)1株利益29.3円を2で割り14.65円とし
1855(円)÷14.65(円)=127(倍)
を導き出した!?

138倍と127倍、少し違いますなあ。
しかし、合理的に考えると、以上の推論に大きな間違いはないと私は考える。138と127の差は、記者がさらに電卓操作を誤りでもなさったか。転記ミスでもなさったか。要するに信じられないようなミスにミスを重ねて、ああいう数字になったのだろう。

【PERの正しい計算方法を身につけよう】
以上のように、専門家かそれに近い方、責任ある立場の方でも、PERが正しく算出できないのが、日本の現状なのである。これははるか昔、拙著で、『大学教授の株ゲーム』で、この著者(のお一人)の大学教授氏が、「今期」が理解できていない、わけの分からない計算ミスをやっているということを指摘して以来、何の進歩もしていないことが、図らずも今回分かった。

今期とは?
今は2013年7月である。
6月決算会社=今期は2014.6月期
7月決算会社=今期は2013.7月期
8月決算会社=今期は2013.8月期
となるわけである。ん?という方はじっくり考えよう。ごく簡単なことなのだが、骨の髄まで叩き込んでおかないと、今はわかっても実際の投資行動においてミスを犯しかねないのである。
そしてまた、これは形式的なことで、株価は通常半年から1年先を見越して動くものである以上、期末が迫っている場合等は、今期よりはむしろ来期を重視すべしというは、鎌倉理論の強調するところである。

1株利益はどう計算するか?
事例1で挙げたタウンニュース社の場合

             経常利益    純利益     1株利益
2012.6月期  5.06億円  1.93億円   35.1円
2013.6月期  5.40億円  2.97億円   53.3円  

経常利益はたいして伸びていないのに1株利益だけは激増している。
また、経常利益は半減するのに純利益は2倍に激増するといったケースだってありうる。こういう予想が出た場合、株価はどう反応するか。通常は経常利益重視で株価は大きく下げるのである。である以上、特別利益[損失]に大きく左右される純利益は無視、経常利益の6割とみなした実質純利益をもとに実質1株利益を算出、これに基づいたPER(鎌倉式実質PER)を使用せよ、というのが、鎌倉式修正PER理論の骨子である。

ちなみに、タウンニュース社の場合、2012.6月期、経常利益が5.06億円なので純利益はこの6割=3.036億円とみなした実質1株利益を計算するわけである。こうすると、1株利益は35.1円(私が名目値と名づけるもの)ではなく55.2円になるわけである。同様にして2013.6月期の実質1株利益は58.1円になる。

お断り=事例1、事例2で、ブログ名を一部省略しました。本来、こういうのは明記すべしというが、私の立場ですが、長く残るものであるというブログの性質等を考慮、しかし読者等が検証できるようにという配慮もして、あえて、こういう表示方法にしてあることをお断りしておきます。

7.20日 12時16分記
前回、末尾で

どうも、理解しがたいコメントが多いわけだが、株のど素人の方と話していて、そういうコメントの大半は、結局売り時期が分からないことに起因するのではないかという見方のあることに気付かされた。これが的を射ているか分からないが、一理あると思うので、近々、売り時期について書くこととした。お待ちいただきたい。

と書いたが、その前に、ごく簡単に「鎌倉雄介の株道場」とは、何なのかについて、確認しておきたい。
これは、私が主宰するブログであり、したがって誰の指図も受けず、私が好きなようにやるものである。こう言ったからといって、まっとうな意見にも耳を傾けないなどということではない。しかし、読者がある銘柄を推奨してはどうかとか、相場の先行きが不透明なら空売りを指示しろとか、この手のコメントは遠慮していただきたいのである。いわんや、それを無視すると逆切れするに至っては言語道断である。

私は1ヵ月に2~3銘柄程度を推奨銘柄として発表している。私としては、投資顧問会社が有料で会員に銘柄推奨しているのを、無料で、ここでやってみようとしたのである。これは、かなり思い切ったことであろう。なぜなら、これをやる私には、常識的意味ではほとんどメリットがなく、一方、実績があがらなかったりした場合には、批判、恨み言も寄せられようから、デメリット、負担は大きい。こういうことを、ある程度認識した上で、なお私が、これを始めることに踏み切った経緯については第1回に書いたとおりである。一つ付け加えるなら、私には、自信があったから、わが鎌倉理論に基づく投資が、これだけの実績を出せるということを、万人注視の中で証明したいという、まあ僭越な希望もあったのである。

どうも読者の多くが、株式投資の素人同然の方らしいので、ここに当道場が、いかに魅力的な、ありえないようなものなのかについて説明しておこう。
有料投資顧問会社に入会した場合。
通常、以下のようなのが一般的であろう。

会費が年間10万円程度かかる。
推奨銘柄(数銘柄)が毎週1回送られてくる(速達、インターネット等)。
多少のアフターケアはある。

これを見ただけでも、当道場の方が、はるかにきめ細かいサービスだということが分かろう。これは、実際に私が投資顧問会社社長として、やっていた経験も踏まえて言っているのである。投資顧問では、今は地合いが悪いからといって、今週は銘柄推奨なしということは、原則、ない。機械的に毎週、通常土曜日に推奨銘柄が届く。銘柄推奨する人間もどういう人かわからない。こういうのもなんだが、私とは比較にならないレベルである(どう比較にならないかは書かない)。

信じられない人もいるだろうが、要するに、年間10万円程度は最低かかるサービスを、無料で、そして、それよりはるかに質の高いサービスを、当ブログは提供しているのである。

実際、当ブログの実績表を、株式投資にある程度の経験を有する、有能な人が見れば、高く評価するであろう。嫌がらせ的コメントが、あまりにしつこくやまないことについて「エセ投資顧問業者の嫌がらせ」ではないかという疑問を寄せられる方がいるのは、こうしたことを分かっておられるからであろう。
そうなのである。ここには、ありえないようなことが、行われているのである。ただほど高いものはないという言葉があるくらいで、ただでろくなものはないというのは常識だが、ここでは非常識なこと=ただで、有料のところより質の高いサービスが行われているのである。

また、自画自賛と揶揄する人が出て来そうだが、そういう悪意を持った曇った目の人は相手にせず、虚心坦懐に私の言葉を聴いていただきたい。
さて、そういう当ブログではあるが、それを全くの「ど素人」(嫌味で行っているのではない、株価理論も『オール投資』も「今期」というのはいつなのかも分からない人をこう言っているだけである)が利用すると、どういうことになるか?
以前「FJネクストを損切り」と書いて来た方がいる。実績表と週足チャートをご覧になれば分かるが、これで損をすることは通常ありえない、もし損をしてもそれは恥ずかしくて口に出せない、そういう銘柄・値動きだったのだが、現実にそういうコメントがあったのである。これは、恐らく、推奨後上がったのを見て遅ればせながら買い出動、その後ストップ高しても売らずにいたら徐々に下げ、買い値を下回ってからたまらず売ったといったところであろう(と推察する)。
私は繰り返し、推奨銘柄は推奨直後に買うよう書いている。しかし、どうもコメントを見ていると、推奨後かなり経ってから、平気で買う人がいるようだ。推奨時より下がっているから、かえっていいのではと質問される方もいた。あるいはつい最近になって業績悪化で売られたFJネクストをここで買うのはどうかと質問してきた方もいる。
こういうことをやられては、私としてはたまったものではない。それで、それだけ損をしたと言うなら、何をいついくらで買ってどう売って損が出たのか、詳細が分かる形で言うようにと言うと、だんまりを決め込むのだから、たちが悪い。
しかし、それもこれも、全て、あまりに株式投資に無知で、特に売り時など、どう判断していいか分からない、それで「鎌倉雄介は売り逃げたんじゃないだろうな」などという、いやな言葉になるとみると、なるほどと思える。

ともあれ、次回以降「売り時」について書きますので、お悩みの方は目を大きく見開いて熟読を。

5月25日 20時04分記
今回の大震災ほど、避難場所(防災拠点)のあり方が問われたことは、ないだろう。
それは被害の甚大さ以上に避難が長期化しているからである。

本来、私のような門外漢の出る幕ではないのだが、TVに出まくっている防災の専門家などの言っていることを聞いていると、こりゃだめだと思わざるを得なくなり、あえて筆を執る次第だ。

今回は避難所に常備すべきものに的を絞って書くこととする。
現行の避難所の常備しているものは、毛布、カンパン、飲料水、懐中電灯プラスαくらいなのではないか。結局以前に書いた交番と同じで、戦後まもなくのまま、シーラカンスかカブトガニかムカシトンボ状態なのである。

以下に書くことは、網羅する意図は毛頭なく、現在の避難所ではまったく無視されていて無いであろうものを中心にする。

①生活上必須のもの

カセットコンロおよびカセットボンベ・・・これがあれば停電、ガス停止時でも、湯を沸かす・煮炊きするなどが可能だ。

湯たんぽ・・・かなり前の稿で論じたように、これとカセットコンロさえあれば寒さが大いに緩和される。少量の水、それも飲料に適さないものでもいい、があれば使えるのも頼もしい。

携帯トイレ・・・どういうものが最もいいかは良く検討する必要があるが、例えば通販で容量900CCのものが男性用・女性用とも4900円で売っている。

ランタン・・・LED乾電池式、LED充電式などいろいろある。

薬・・・着の身着のままで避難する人が多数いる想定で考えると、慢性病、持病的なもので命にかかわりかねない病気用の基本的なものプラスαはそろえておくべきだ。専門家の意見を聞いて決めればいいが、私の知見で例を挙げれば、降圧剤、糖尿病治療薬、胃壁保護のガスター10のようなもの。

食糧・・・カンパンと決まっているような感があるが、温かいもの等もっと真剣に、避難の長期化(物資が届かないままの)も考えて選択したい。例えばカップラーメン(うどん)があれば、お湯を作るのは比較的簡単だから、温かいものが食べられるのである。

衣類・・・よくリサイクル市等で大量の着古した衣類が売られたり無料で配られたりするが、ああいうものを大量に常備しておく。いろんな年齢、男と女、巨人に小人といるだろうが、こうすればかなりの程度対応できる。
新品の下着類もある程度は備えておきたい。

このほか紙おむつ、粉ミルク、老眼鏡等々もっといろいろありうるだろうが、基本的で重要なもののみ挙げた。

次に避難所の設計思想にかかわるような、もう少し大掛かりなもの、インフラ的なものについて

②避難所をどう作るか

ヘリポート・・・今回の大震災では、道路網や港湾等の破壊で、長く避難所に物資が届かず、1日1人おにぎり1個といった惨状が伝えられた。こうした事態に対処するため、各避難所にはヘリコプターが着陸できるスペースを確保すべきだ。学校のグラウンドが近くにあるのならそれでもいい。ただ液状化とか、そこから避難所まで運べるか等十分に検討すべきは言うまでもない。出来ることなら耐震性に優れた避難所にし、その屋上も避難できるようにしておき、そこがヘリポートにもなるというのが理想だ。

プロパンガス・・・プロパンガスのボンベを設置。もちろんがっちり作り震度7くらいには耐えられるつくりにしておく。そしてプロパンで煮炊きできるようにしておけば、前述のカセットコンロともども、料理、湯沸し等は万全だ。

入浴・・・どうすれば一番いいか私には知識がないが、いずれにせよ、煮炊きが出来る以上、そう難しいことではない。五右衛門風呂風なものを作っておき、廃材で沸かすといった方法を含め、いろいろあろう。
基本的には、避難所に耐震の大きな浴場を備えておくのが望ましい。

屋外湯沸かし場・・・かまど的なものを作っておくとか、こうしたものも破壊されることも考えるなら、レンガ等を用意、かまどをこれで作り簡単に大量のお湯がわかせるようにしておきたい。
当然大なべも常備しておく。

水・・・断水していても飲み水(ペットボトルの水を用意しておくべきは言うまでもない)は比較的何とかなるだろうが、問題は仮設トイレ、食器洗い、洗面・歯磨き、入浴等に使う水の確保だ。学校を避難所にする場合なら、プールに常時水を張っておくだけで、何とかなるかもしれない。

冷蔵庫・・・今回は寒い時期の被災だったが暑い時期ではこれが必須だ。アイスノン、保冷材等、冷凍食品等も。

冷房・・・専門的知識がないので他の人の意見を承りたい。
何百人もの被災者を収容する体育館的な避難場所以外に、いくつかの冷房できる部屋を用意しておき、体調不良な人はそちらに移ってもらうのも一法だろう。

非常用電源・・・専門的知識がないので、あまり書くべきでなかろうが、これがあるといろいろ役立ちそうだ。

テレビ・・・避難している人は、ラジオだけでなくテレビで情報を知りたい思いは非常に強いはずである。停電時でも見られるテレビを備えるべきだ。

通信手段・・・携帯電話も含め通常の通信手段がたたれているときでも、外部と連絡の取れる何らかの通信手段を備えておきたい。衛星電話(経費の問題が生じそうだが)以外でも何かありそうだが・・・

(未完)

なお、以上は、基本的にいわゆる「広域避難場所」を想定してのものです。
ただ多くは「避難場所(ミニ防災拠点)」にも援用できるものです。

4月02日 16時12分記
かなり前になるが、私は当ブログで、交番・派出所に盾(の役目を果たすもの)を常備すべしという提言を書いた。刃物・日本刀等で暴れている輩への対策としてであった。
実際の事件や事故を具体的に想定した対策、装備が、何年何十年経っても欠落したままであることのナンセンスさを指摘したかったのだ。

今回の東日本大震災に際し、各地の避難所等で、いつもと変わらず、さまざまな問題が噴出している。
これなども交番と同じく、実際の災害が起きたときどういうことになるかをを真剣にシミュレーションし何が必要かを必死に考えて対策を考えておけば、ここまでひどいことにはならなかったはずと思い、あえて、本稿を門外漢の身でありながら書く次第。

つまり、一例を挙げれば、避難所には高齢者の比率が高く、これらの人たちの大半は、何らかの持病を抱え、毎日何種類かの薬を服用している。となれば、避難所には、こうした人たちのために、ある種の基本的な薬を常備しておくべきなのだ。飲まなくても、それほどの大事には至らない類の薬は別として、例えば「降圧剤」が要るのは、論を待たないだろう。狭心症の発作に備えたニトロ製剤も必須だろう。
こういった発想がまったくなく、毛布と非常食、水+αくらいしか備えていない避難所が大半なのではなかろうか。少なくとも、拠点防災所とでもいうべき重要な大規模な避難所は、前述の薬品のようなものは、十分な量を備えておくべきだ。

そういう常備すべきものは、まだたくさんあろうが、今私が書こうとしているのは、今すぐ出来て、非常に役立ち喜ばれるのではないかという対策=湯たんぽの活用についてである。
今被災地、避難所では灯油、ガソリン不足で、避難所の人たちは寒さに凍えている。しかもガソリン不足が解消し避難所の暖房体制が早急に大きく改善する見込みは、非常に小さいと思われる。

しかし湯たんぽがあれば事態は大きく改善する。
今私はある人から贈られた金属製の湯たんぽを使っていて、その素晴らしさに感動を覚えてさえいる。沸騰させた100度近い湯を入れれば8時間くらいは十分すぎるくらい暖かく、その後もなお数時間は役に立つくらいの暖かさを保つ。その快適さは置いておいて、もっとすごいことがある。今被災地では水も不足している(飲み水というより手洗い・トイレ等用)が、湯たんぽの場合、一度入れた水は何回でも使えるから水も心配はほとんどしなくていいのだ!(蒸発分が多少発生するが)
問題は水を沸かす手段だけだ。それもない避難所の場合、カセットコンロ(+薬缶)が欲しいところ。カセットコンロでお湯を沸かせば、多少の暖もとれ一石二鳥だ。廃材等を燃やして暖を取っている光景をテレビでよく目にするから、水を沸かす手段はあるとみていいだろう。

今ネット通販で調べたが、ランタン、乾電池などと違い、湯たんぽは在庫も十分だ。政府、自治体等が早急に湯たんぽ(加熱手段のない避難所に対しては+カセットコンロ等も)を大量調達、各避難所に届けることを実行してほしいと、切に願う。

追記=今ネット上では避難所に湯たんぽをという書き込みはかなりある。
私の強調したいのは、政府・自治体等の取り組みとして全力を上げて、大至急、政策としてやるべしということである。それほどの資金も要らず、比較的簡単に実行でき、寒さ対策に劇的効果を上げるだろう。

3月19日 13時29分記
『逗子物語』は異色作家橘外男の代表作。この鬼気迫る迫力は、彼が幽霊の存在を固く信じていたからこそだろう。『蒲団』も読ませる。

『山月記』は学校教科書でおなじみだろう(最近は違うのかも)。作者の中島敦は漢学の素養豊かで、その文章の簡潔な美しさには感嘆させられる。宿あ(「シュクア」、「ア」が変換不能)の喘息を抱える敦は晩年、と言っても30代だが、病気には暖かいところが良いだろうと南洋庁に就職、パラオに赴く。これには彼が傾倒していた『宝島』や「ジキルとハイド』で知られる作家スティーブンスンの影響があった。『光と風と夢』はスティーブンスンをモデルとしている。

『凧』を書いた大下宇陀児は、乱歩は「情操派」に分類しているが、本人は「ロマンチック・リアリズム」を標榜した。

『補陀落渡海記』(井上靖)は、いわゆる補陀落信仰(補陀落浄土へ往生せんと僧が単身小舟で南の海へ船出する)を扱った作品。補陀落寺の住職金光坊は、いざ渡海の日が近づくにつれ心はちぢにに乱れる。以前、ミイラのことを書いたが、井上靖には『考える人』というミイラを扱った短編もある。

『かむなぎうた』。この作品をはじめ日影丈吉の作品には、独特の味わいがある。個人的な話で恐縮だが、私の中古で買った家には抗火石という石が使われている(前の持ち主=建築主の趣味。ブロックと間違える失礼な不動産屋もいた)のだが、最近、日影丈吉の『夕潮』を読んでいて、「裏山には・・・抗火石の採掘場がある・・・」、「世界で新島とシシリー島でしか採れないって石でしょ。」という記述を見つけた。

『黄色い吸血鬼』。戸川昌子の短編の代表作の一つ。戸川昌子といえば『大いなる幻影』だが、この作品は同潤会アパート(大塚女子アパート、1930年築)を舞台にしている。表参道の同潤会青山アパートが安藤忠雄の手により表参道ヒルズになり同潤会も少し有名になった。私は10年くらい前都心のどこかの現役同潤会アパートに迷い込んだことがあり、その雰囲気に今も酔っている。戸川昌子はもっと評価されていい作家だと思うが、ほとんど忘れ去られた感のあるのはさびしい。私の記憶では全集も出ていない。しかし、この『黄色い吸血鬼』は、エラリー・クイーンに絶賛された作品。

『胡桃園の蒼白き番人』。雑誌『新青年』の投稿者から同誌編集長となった水谷準の傑作。
追記=なんと水谷準も同潤会アパート(江戸川アパート)の住人だったという。

『猫町』。萩原朔太郎の作品だが、最近にわかに脚光を浴びた。というのは村上春樹が『1Q84』で「猫の町」という話を取り上げた(天吾がふかえりに読み聞かせるシーンがある)からである。『猫町』と『猫の町』。正しいかどうか分からないが、ネット上で、村上春樹は、朔太郎の作品とブラックウッドの作品(後述)の両方を念頭において書いているため、そういう表記にしたのではないかと書いている方がある。アルジャーノン・ブラックウッドと言えば、怪奇幻想小説の巨匠で1972年に紀田順一郎訳で『ブラックウッド傑作集』(創土社)が出ている。これにも収録されている「いにしえの魔術(Anciennt Sorceries) 」が猫の支配する町の話である。実は私は引越しでこの本を無くしショックを受けている。それはともかく、ブラックウッドと朔太郎、どちらが早いかと言うとブラックウッド。朔太郎はブラックウッドのを読んでいたと思われるふしがあり、『猫町』が「いにしえの魔術」の影響を強く受けていることは、まず疑いの余地がない。村上春樹は当然この紀田訳「いにしえの魔術」を読んでいよう。もちろん原書も読んでるかもしれないが。
話が、やや分かりにくい気がするので補足すると、「猫の町」と言えば、普通、朔太郎の『猫町』を想起するし、ブラックウッドを知っている人なら加えて必然的に、猫の支配する町=猫(の)町の話=「いにしえの魔術」をも想起するであろう、そして村上春樹は両作品とも読んでいるはずだということである。
それはそうと、『1Q84』、これはどうみても駄作ではなかろうか。朝日も日経も絶賛していたが、TVでタレントが各地の料理を何でもかんでもうまいうまいほめるのと同じことなのかと思ってしまった。村上春樹は高く評価するものだが、これは違うだろうと言いたいのである。
『偽眼のマドンナ』は渡辺啓介の処女作にして代表作。話は「私」が公園に行って本を開くところから始まる。扉には「知られずして忘れられたる詩人Q」と記されている。小生のプロフィールにこの文句を使わせてもらったこと、渡辺啓介様、お許しください。本を読んでいる「私」の前に老紳士が現れ、昨晩一人の女を殺したと言って、その顛末を語りだす。最後に、紳士は自分が「知られずして忘れられたる詩人Q」であることを明かし、今語ったのが新作『偽眼のマドンナ』だと言う。
啓介は、弟の温は天才で27歳で夭折したのに対し、自分が「なお死なずにいる厚かましさ」と、90歳のとき書いている(『鴉白書』)が、2002年、101歳で、この文壇最長老は、この世を去った。処女作のみ有名だが、晩年の『吸血鬼一泊』の味わいは、すばらしい。

『可哀想な姉』は渡辺啓介の実弟・温の代表作。この短編の素晴らしさは『新青年』愛好者は別として、理解されてないのかと思っていたら、数年前、鴻巣友季子氏(翻訳家)が、久世光彦氏の『美の死』で本作が取り上げられていることを知り矢も盾もたまらずこの「美しくもグロテスクな」短編を借りにと書いているのを、新聞のコラムで読んで、うれしかった。それはそうと、渡辺温は、ざっと数えただけでも、27年の生涯で15回も引っ越している。20歳前後には4年連続で1年に2回引っ越している(『叢書新青年』渡辺温年譜による)のには驚いた。

『オランペンデクの復讐』は香山滋の処女作。香山滋といっても、もはや忘れ去られた作家の感があるが、ゴジラの生みの親でもある。滅び行くものへの哀惜の念は、この作家の一大テーマ。三島由紀夫が大蔵省の先輩作家として言及したこともある。『怪異馬霊教』、『海鰻荘奇談』も捨てがたい。

『かいやぐら物語』。横溝正史には同系統の作品に『面影草子』、『鬼火』、『蔵の中』などのいわゆる怪奇幻想小説の傑作がある。

『文学少女』は「探偵小説芸術論」を引っさげ甲賀三郎らに挑んだ木々高太郎の力作。

『三人の双生児』。作者の海野十三は日本SFの父として『振動魔』、『蠅』などの代表作があるが、本作は「サワ蟹ノ棲メル川沿イ二庭アリテ紫ノ立葵咲ク」という文句が、いつまでも心に残る。郷里徳島への郷愁が胸を打つ。私は道志村の田舎家の脇の宝永沢川でサワ蟹を見つけると、この作品を思い出す。
海野十三の作り出した名探偵が帆村荘六。江戸川乱歩がエドガー・アラン・ポーをもじったものであることはあまりに有名。「利根川散歩」等を名乗る御仁も雨後の筍のごとく出現したとか。では、この帆村荘六は?お分かりにならない人のためにヒント。荘六の「荘」は「ショウ」と読む。
左様、荘六帆村=シャーロック・ホームズ(のつもり)なのだ。ちょっと無理があるんでは?この無理こそ海野の真骨頂。それを揶揄した川柳風な物言いがあったはずだが、思い出せない。

『逗子物語』以下については稿を改めて書きたい。


株の方は、アメリカを筆頭に、世界的に意外にも堅調な展開で、そうなると、アメリカ景気悪→FRBによる金融緩和→円高 とうシナリオもいささか怪しくなります。金融緩和→円高はともかく、アメリカ景気は予想されているほど悪くなく、株高はそれを先見しているのではないかという見方も捨てきれないと私は考えています。
いずれにせよ、魔の10月下旬を控えて、期待と不安の中に、18日、市場は開きます。ここを乗り切れば明るい未来が開くという方に、今の私は傾きつつあります。
 
最近『見上げれば星は天に満ちて 心に残る物語ー日本文学秀作選』(浅田次郎編)(文春文庫)を読んだ。その前に読んだ『名短編、ここにあり』(北村薫、宮部みゆき編)(筑摩書房)収録の作品と違い、こちらは、ある程度共感するものがあった。しかし、もちろん、まったく共感できないものもあり、何より面白くないものも少なからずあった。

それで、不遜にも、自ら選んでみようと思い立った。もとより、さほど多くの短編を読んでいるわけでもなし、我が好みが一般的なものとも思わない、いやそうではない一風変わっていると自認しているが、世にある、著名人の選んだアンソロジーに満足できない人間として、風変わりなものを作成してみたくなったのである。

興味のない人は無視くだされ、多少なりと興味を感じられたら、お読みいただければ、うれしいです。
いずれ整理するとして、順不同で。

偽眼のマドンナ       渡辺啓介
可哀相な姉          渡辺温
オランペンデクの復讐   香山滋
押絵と旅する男       江戸川乱歩
かいやぐら物語       横溝正史
小さな王国          谷崎潤一郎
雪国              川端康成
文学少女           木々高太郎
三人の双生児        海野十三
逗子物語           橘外男
山月記             中島敦
凧                大下宇陀児
補陀落渡海記        井上靖
石の骨             松本清張
かむなぎうた         日影丈吉 
黄色い吸血鬼        戸川昌子
長距離電話         赤川次郎    
胡桃園の蒼白き番人   水谷準
猫町             萩原朔太郎

読み返す時間、意欲もないので、果たしてこの選択でよかったか(たとえば、谷崎の『小さな王国』、ただ感動したという記憶しかない)不安だが、そう責任あることでもないのでよしとして。古めかしい名前のオンパレードに、赤川次郎が違和感を放つのが、気にならないでもないが、この作品はやはり入れたい。『雪国』と『逗子物語』がいっしょでは仰天する人もいるだろうな。

松本清張、何にするか迷っていて『石の骨』を思い出し、書棚からようやく探し出し、つい再読してしまった。世にいれられぬ学歴のない学者の話。同様学歴のなかった清張の主人公に寄せる共感が鬼気迫る。ところで、主人公のモデルは、かの明石原人の発見者として知られる直良信夫。私は、大学時代、実はこの人の人類学の講義を取ってる。直良さんが『石の骨』の主人公黒津先生と知ったのは、この本の奥付からして、講義を受けてるときより2、3年後だったように思われる。いずれにせよ、それを知ったとき、大いに驚いたことを今でもよく覚えている。直良さんは、人の良い好々爺そのもので、傲岸不遜の黒津先生と、あまりにイメージが違っていたからである。また明石原人、葛生原人(これも直良信夫発見)、いずれも数奇な運命をたどって、なお定説がないことを、今日調べていて知った。

個々の作品、作者、本の入手法等については、いずれまた書きたいと思っています。

注-『胡桃園の蒼白き番人』と『猫町』を追加しました(10月17日)。